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黒界異人伝・異世界英雄譚 -ようこそ、造られた異世界へ-  作者: 明鏡止水
間章・地底からのコンタクト

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第635話 青き毒雨

 美咲の手にある扇が、音を立てて開かれた。

紫と黒の模様が走る布地から、ぞっとするような冷気が放たれる。


それは風・・・ではなく、瘴気のようだった。

肌に触れた瞬間、まるで毒針で刺されたような痛みが走る。


「・・・っ!毒の気配!」


キョウラが慌てて障壁を展開した。

白光が盾のように俺たちの前に広がり、迫り来る黒紫の霧を押し返す。


「・・・ちゃんと防ぐのね。――なら、次はどうかしら?」


 美咲はもう一度、扇を軽く振った。

空間が震え、リングの四隅に立つ水晶柱が淡く光る。

その瞬間、俺たちの足元から影がせり上がり、闇の槍が次々と伸びてきた。


「・・・下だ!避けろ!」


俺が叫ぶと、全員が一斉に跳んだ。

影の槍が地面を突き破り、飛び散る黒い液体が空気を溶かすように煙を上げる。

本能的に理解した・・・これは、ただの闇属性じゃない。毒も混じっている。


「闇と毒の複合・・・厄介ですね」


苺が呟きながら、回復と耐毒の魔法を同時に詠唱し始めた。

その慎重な詠唱を見て、美咲の唇がゆっくりと歪む。


「支え合うのね。・・・でもそれだと、ひとりが崩れた瞬間に、全部終わるわよ?」


 そう言うや否や、美咲の姿が掻き消えた。

次の瞬間、俺の背後で光が弾ける。

反射的に斧を振ると、扇が鋭い音を立ててぶつかった。


「早えぇ・・・!」


「へえ、いい反応ね。でも・・・!」


美咲の体から黒い花弁が舞い散り、一気に爆ぜた。

周囲に霧状の毒が広がり、視界が一気に霞む。

毒の濃度がかなり高い。普通の防御手段では、長くはもたない――。


「苺!結界で、なんとか防げないか!?あと吏廻琉、光を頼む!」


「了解です!」


 苺の結界が淡い緑に輝き、吏廻琉の詠唱が重なる。

光が爆ぜると、毒霧の一部が消え、ようやく美咲の姿が見えた。


彼女は──笑っていた。

毒の花弁をまといながら、闇の魔力を渦のように背中で回転させている。


「こんなことで、私を封じられると思わないでね」


 その声は甘く、しかし氷のように冷たかった。

扇の先端から、黒紫の魔方陣が浮かび上がる。

中心には、花の形をした印――おそらく、闇と毒の複合魔法の魔法陣か。


「来るぞ!」


 次の瞬間、魔法陣から黒い花が咲き乱れ、無数の(つる)が生き物のように伸びた。

それぞれの先端から、濃い紫色の液体が滴る。

地面に触れた瞬間、そこが焦げた。


「扇技 [黒蓮咲(こくれんしょう)]」


 美咲が技の名を静かに告げる。

その声と同時に、蔓が一斉に襲いかかってきた。


蔓には、いばらのようにトゲがあった。

俺は咄嗟に炎をまとい、体に接触する寸前で蔓を燃やして防いだが、キョウラと吏廻琉は蔓の接触を許してしまった。


2人の体に触れると、蔓は異様なまでの速度で伸びて2人の体に巻き付いた。

すぐに俺が炎で蔓を焼き切って解放したが、太い蔓で足や胴体を締め上げられ、トゲが刺さったのは痛そうだった。


ただ幸いにも、2人とも毒は受けていないようだった。

防具で、しっかりと対策してきたおかげか。


「邪魔しないでもらえるかしら」


 魔人の女こと美咲は、俺目掛けて扇を振って何かを飛ばしてきた。だが、特に何もなかった・・・というか、何ともなかった。

もちろん、キョウラたちも何の反応も見せない。


「効かない・・・?もしかしてあなた、殺人者なの?」


なぜそんなことを言われたのかわからなかったが、直後に理解した。

他の大半の異人に効いて、殺人者には効かないものはいくつかあるが、キョウラたちに効かなかったとなると、考えられるのは一つ・・・魅了だ。


 美咲はその美貌を用いて、俺を魅了しようとしてきたのだ。

だが、俺には理性の石がある。

前もってあおいの錬金で作ってもらい、ラスタを出る時に受け取っていたこの石のおかげで、魅了は完全に無効化できる。


当然ながら、そもそも同性であるキョウラたちには美咲の魅了は効かない。よって、彼女たちが何の反応も見せなかったのは必然だ。

相手が男の魔人であれば、キョウラたちが魅了される可能性もあったが。


「残念だが違うね。俺は守人だ」


 そう答えると、美咲は驚いた顔をしつつも笑った。

「へえ・・・変わってるわね。まるで、昔の勇者様みたい」


勇者『様』とつくと、途端に皮肉っぽい呼称になるが、一体誰のことを言っているのだろうか。

だが、手段はどうあれ、魅了を無効化できる奴はいくらでもいるだろう。


 話している間に、苺が光の魔法を美咲に食らわせた。

さらに、それで怯んでいる間に俺も炎を浴びせた。


「っ・・・やるじゃない」


美咲は目を光らせ、髪をぶわっと広げた。

すると、髪全体から青色の液体が染み出し、無数の水滴となって上空に飛び上がった。


なんか気持ち悪いな、と思った次の瞬間──美咲は、扇を広げて宣言した。


「『雨よ降れ』。奥義 [青色毒性雨]」


 水滴は、文字通り雨のようになって降り注いだ。

とっさに盾でガードしたが、なんと盾の表面が溶けて穴が空いた。


恐ろしいな・・・と思ったが、結果としては俺はまだマシだった。

なぜなら、背後にいたキョウラたちが悲鳴を上げたからだ。


 彼女たちは結界で雨を防いだのだが、水滴は結界を溶かして貫通し、3人を襲った。

そしてそれは酸のごとく体を溶かし、やけどのような傷を負わせていたのだ。


キョウラは顔に雨を受けたようで、左目の下あたりと鼻が溶けて恐ろしい顔になっていた。

正直それを見て、一瞬だけだが吐きそうになった。


 苺たちは胸や手が溶けていたが、なんとか術を唱えて回復していた。

そしてキョウラも、苦痛に耐えながらどうにか回復をし、もとの美しい顔に戻った。


振り向くと、美咲は姿を消していた。

どこに行った?と辺りを見渡していると──

頭上から、飛びかかってきていた。



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