第629話 闇と毒の咆哮
ローレンの叫びと同時に、地面が脈動した。
紫黒の紋様が四方八方に走り、岩肌が割れて光を漏らす。
俺が叫ぶより早く、世界が裏返るような爆音が響いた。
紫の衝撃波が地をえぐり、坑道全体を薙ぎ払う。
その直後、全身を焼くような痛みと、息を詰まらせるほどの悪臭が襲った。
「うっ・・・!これ、負傷毒・・・!?」
アムラが膝をつき、咳き込む。
その肌は、みるみる紫色に変色していく。
美羽の糸の結界もひび割れ、内側のメニィが呻き声を上げた。
「・・・あいつ、強烈な毒を振りまいたわね!まるで、坑道そのものを毒に変えたみたい・・・!」
あおいが顔をしかめながら言った。
ムチを構えるその腕にも、黒い霧が絡みついている。
息をするだけで喉が焼ける。立っているのもやっとだ。
ローレンはそんな俺たちを見下ろし、ゆっくりと笑った。
「どうした?まだ立てるだろ。地上人──お前たちの根性、見せてみろ」
嘲るような声。だが、その足元は揺らいでいた。
あおいの闇鎖が、まだわずかに残っているのだ。
「・・・あおい、まだ持つか!?」
「あと数秒ね・・・でも、それで充分よ!」
彼女の闇が、まるで命を燃やすように輝きを増していく。
黒紫の鞭が地を叩き、空間をねじ曲げた。
ローレンの動きが一瞬だけ止まる。
「姜芽・・・行って!」
その叫びに、全身が奮い立つ。
視界の端で、マクシスが毒の中で立ち上がり、最後の力を込めて刀を構えた。
「行くぞ・・・っ!」
マクシスの刀が閃光を走らせた。
その軌跡に合わせて俺は斧を構え、炎を叩きつける。
「斧技 [紅蓮割り]!」
紅蓮の爆発がローレンを包み込む。
闇と毒が一瞬だけ後退し、紫の霧が焼けていく。
その中心に、炎の渦と闇の鎖が絡み合い、巨大な光柱となって噴き上がった。
「ぐ、ああっ・・・!」
ローレンの悲鳴が坑道にこだまする。
全身から噴き出す毒霧が弾け、紫の光が裂けた。
あおいのムチが砕け散る寸前、彼女は低く呟いた。
「『闇に還れ』。奥義 [深淵の道]」
ムチが断ち切られ、同時にローレンの胸を中心に爆光が走った。
闇の結界が崩壊し、坑道を覆っていた毒の靄が一瞬にして霧散していく。
俺たちは息を荒げながら、その場に膝をついた。
ローレンの姿は、崩れた岩の奥に沈み、紫の光とともに消えた。
「・・・やったの?」
アムラの声が震える。
だが、あおいはまだ構えを解かず、闇の気配を探っていた。
「油断しないで。あいつの気配、まだ消えてない」
その声が坑道に響いた直後、遠くで低い笑い声が微かに聞こえた。
崩れかけた壁の向こうから、闇の風がふっと吹き抜ける。
「悪くないぜ・・・だが、まだ甘いな」
直後、天井からパラパラと細かい石が降ってきた。
そしてその数秒後、天井が盛大に崩れた。
突然のことだったので反応が遅れ、みんな大量の岩の下敷きになった。
土埃ももうもうと舞い、姿も見えなくなった。
視界が塞がれて真っ暗になっている中、岩が割れる音が響く。
おそらく、奴が岩を割っているのだろう。
あのハンマーを使って割っているのだろうが、まともに食らったらヤバい。だが、だからといって下手に動くわけにはいかない。
場所を悟られれば終わりだし、何よりさっきの落盤でダメージを受けている。
せめて、回復をしてから反撃に出たいところだが・・・。
「・・・!?」
突如、何かに右腕を掴まれる感触があった。
振り向くと、そこには誰かの顔・・・じきに、アムラのものだとわかった。
彼女は「静かに!」と動きで合図しつつ、無言で俺に回復魔法をかけて傷を癒してくれた。
そして、「この後目の前の岩がなくなるから、そこで一瞬待って飛び出して」と言ってきた。
最初意味がわからなかったが、数秒後にはわかった。
しかし、それはもう少し早く知りたいものだった。
なぜなら俺の回復を終えた後、アムラは少し後退して岩を持ち上げ、音を立てたからだ。
「な・・・!そんなことしたら!」とでも言いそうになったが、案の定ローレンがそれに気づいてハンマーを振り下ろし、アムラを下敷きにしていた岩は砕かれた。
思わず目を覆ったが、幸いにもローレンのハンマーに潰されたアムラの姿はそこにはなかった。
それを見て、俺は瞬間的に理解した。
──今だ。
一か八かで、岩を押しのけてローレンに飛びかかった。
そして炎をまとわせた斧を振り下ろし、その後頭部に叩きつけた。
「ぐおっ・・・!?」
ローレンが驚いている間に、同じく岩の下からアムラが飛び出す。
そしてハンマーを振り上げ、猛々しく叫ぶ。
「『大地に轟け!』奥義 [天雷の槌撃]!」
叩きつけると同時に、白い稲妻が辺りに迸る。
それは5秒以上にわたって光り続け、ローレンの体を痺れさせた。
「あ・・・あぁぁぁ・・・」
ローレンは後退し、片膝をついた。
そして、何やら意味深な言葉を残して姿を消した。
「悪くない・・・『参加』の資格がある・・・」




