第628話 絶界の魔人
それからしばらく、俺たちは攻撃を続けていた。
マクシスの刀が、アムラのハンマーが、あおいのムチが──次々とローレンの身体を叩く。
しかし、どれも効かない。
まるで、見えない壁があるかのように、衝撃が弾かれていく。
「強力な結界を張ってる・・・もしかして、無敵に近い状態?」
メニィの声が後方から聞こえたが、苦しげだった。
まだ回復しきっていない。彼女の手から漏れる魔力の光が弱々しい。
「ちっ・・・!こんなんじゃ、話になんないわ!」
アムラがハンマーを地面に叩きつける。
大地が鳴動し、粉塵が舞う。
だが、ローレンは一歩も動かず、まるで楽しんでいるかのように微笑んでいた。
「もっとだ・・・もっと見せろ。お前たちの“力”を!」
ローレンの周囲に、黒い球体がいくつも浮かび上がる。
一つ一つが生き物のように蠢き、禍々しい脈動を放っていた。
「みんな、下がれ!あれ・・・なんかヤバそうだ!」
俺が叫んだ瞬間、黒球のひとつが破裂した。
衝撃波とともに、強烈な毒を含む風が吹き荒れる。
地面が焼け爛れ、石が灰のように崩れていった。
「くそっ・・・このままじゃ、埒があかねぇ!」
マクシスが舌打ちする。
その時、あおいが静かに前へ出た。
「そんなら・・・こっちも本気出すしかないわね」
彼女のムチが、音もなく宙に舞う。
黒い布のように波打ち、先端が蛇のように分裂してローレンを取り囲む。
「鞭技 [闇鎖陣]!」
闇の鎖が地面から伸び、ローレンの足元を絡め取った。
その瞬間、ローレンの動きが止まった。
まるで空気が固まったように、空間全体が歪んだ。
「・・・あおい、今のは!?」
「ちょっとした干渉技よ・・・けど、長くは持たない!」
彼女の額には汗が滲んでいた。
ローレンの体表に走る光が、鎖の抵抗に軋むような音を立てている。
「・・・っはは、面白い。闇で俺を縛るとはな!」
ローレンが腕を振るうと、鎖が軋む。
今にも弾けそうだ。
その刹那──マクシスが動いた。
「今しかない・・・!」
全身を魔力で包み、刀を逆手に構える。
空気を裂くような疾走音と共に、光の一閃が走る。
刃がローレンの肩口を掠めた。
・・・その時、奴の体から血が出た。
「効いた・・・!?今の、通ったのか!?」
「光・・・?そうだ、光!光か、火なら通るのよ!」
あおいの声が飛ぶ。
なんだかよくわからないが、先の彼女の小細工がローレンの防御の魔法に干渉し、わずかな隙を作り出したとか、そんなところだろうか。
「よくわからんが・・・光か火ならいいんだな!」
俺は即座に、斧に魔力を込める。
炎が燃え上がり赤光が辺りを照らした。
「・・・炎法 [火炎の床]!」
地面に紅蓮の炎が燃え広がり、ローレンを包み込む。
闇と炎が衝突し、轟音が坑道を揺らす。
「ぐああああっ・・・!!」
初めて、ローレンの叫びが響いた。
あおいの鎖が一瞬だけ強く光り、闇の炎が裂ける。
そこでマクシスの刀が閃き、ローレンの胸を貫いた。
黒い光が弾け、空間にひびが走る。
しかし──ローレンは、まだ笑っていた。
「・・・いい感じだ。ようやく、“戦い”らしくなってきた」
その笑みは、狂気そのものだった。
胸に突き刺さった刀を掴み、ずるりと引き抜く。
血は出ない。代わりに、紫の霧が溢れ出す。
「・・・回復するのか!」
「いいえ・・・あれは再生よ!魔人には、よくあるやつ!」
美羽の声は、どこか震えていた。
ローレンの背後に浮かぶ魔法陣は、先ほどよりも巨大に、禍々しく輝き始めていた。
「次は、盛大に決めてやろう」
ローレンがそう呟いた瞬間、坑道全体が震えた。
崩落の音が響き、天井から岩が降り始める。
あおいが俺の隣に並び、ムチを握り直した。
闇の刃のような瞳で、敵を睨み据える。
「・・・姜芽。ここからどんなのが来ても、慄くことはないわ。ただ・・・こいつを仕留めることだけ考えましょう」
「ああ・・・!」
その直後、ローレンはハンマーを取り出し、大きく振りかぶった。
そして──猛烈な毒霧をまき散らしながら、それを叩きつけた。
「打ち溶けろ![グラストゼイク]!」




