第627話 地方英雄・キサナドゥの探索者
ローレンが地を踏み鳴らした瞬間、辺りに紫の瘴気が弾けた。
毒の靄が渦を巻き、坑道の奥に稲妻のような音が轟く。
その中心で、魔人の身体が闇の炎を纏って膨張した。
「来るぞ・・・!」
俺が叫ぶより早く、マクシスが前に出た。
抜刀の閃光が迸る。ローレンの脚を狙った一閃は、黒い瘴気の盾に弾かれ、火花を散らす。
「・・・硬いな!」
「闇の結界です・・・物理攻撃は、通りません!」
メニィが叫びつつ、素早く詠唱に入り、両手を前に突き出した。
青白い炎が広がり、毒の靄を押し返す。
「炎法 [無垢火炎]!」
淡い光の輪が地面に走り、空気が一瞬澄んだ。
しかしローレンは口角を歪めて笑った。
「・・・なるほど。浄化系か。面白いな。じゃあ、どこまで耐えられるか試してみようか!」
次の瞬間、奴の両手が地面に突き刺さった。
紫の紋様が床一面に走り、壁のコケやカビが一斉に脈動を始める。
「・・・なんかやばそうだ、下がれ!」
俺が叫ぶと、全員が一斉に後退する。
次の瞬間、地面が爆ぜ、紫の毒の槍が無数に吹き上がった。
岩壁が焼け、空気が腐るような音を立てる。
「はぁっ!!」
アムラがハンマーを振り下ろし、飛び出した毒槍の根元を粉砕した。
破壊の衝撃波が走り、空間が一瞬だけ浄化される。
その隙にマクシスが突っ込み、渾身の斬撃をローレンの腕に叩き込む。
「うらぁっ!」
金属と肉の裂ける音。だが、黒い炎がすぐにそれを癒した。
「・・・再生するのか!」
「だったら、あたしが止める!」
あおいが前に出た。
闇のムチが空を裂き、黒紫の閃光が走る。
ムチの先端が蛇のように唸り、ローレンの腕を絡め取った。
「ちょっと、じっとしてなさい!」
闇の力がムチを通じて流れ込み、ローレンの動きが鈍る。
同時に、アムラが地面を叩きつけ、衝撃波で敵の足場を崩した。
「メニィ!今!」
「はいっ!・・・炎法 [フレミー・バインド]!」
炎の鎖が走り、ローレンの体を縛りつけた。
それでも、魔人は笑っていた。
「へへっ・・・やるじゃんか。けど、まだまだだな!」
次の瞬間、鎖が内側から破裂した。
爆風とともに闇の衝撃波が広がり、全員が吹き飛ばされる。
「ぐっ・・・!」
壁に叩きつけられた俺は、すぐに立ち上がった。
視界の先、ローレンの右腕に黒い結晶が集まり始める。
魔力が一点に収束していた。
「・・・大技が来るな!みんな、避けろ!」
ローレンが大きく息を吸い込み、紫黒の光を吐き出した。
坑道全体を呑み込むような闇の奔流。
「・・・させない!」
ここで美羽が叫び、ハルバードを振るった。
その先端から糸が飛び出し、ブレスの軌道を逸らす。
その一瞬に、アムラが横から突進し、ハンマーをローレンの脇腹に叩きつけた。
鈍い音とともに、ローレンが後退する。
辺りに満ちる瘴気がわずかに薄れ、メニィの魔法陣が再び光を取り戻した。
「このまま・・・押し切るぞ!」
俺の叫びに、全員が頷く。
それぞれの武器が構えられ、再び闇と光がぶつかり合う。
みんなのおかげで、ここまでかなりいい感じの攻防ができている。
そう思っていた最中、突如異変が起こった。
相手・・・魔人ローレンが、何やら腕を組んで唸り声を上げ始めた。
かと思うと、全身が白い光にうっすらと覆われた。
それだけならよかったのだが、直後に攻撃してみて、まったく効いていないのがわかった。
続いてメニィの魔法や美羽の糸攻撃も繰り出されたが、それらもまた奴にはまるで効いていなかった。
「なんだ・・・!?どうなってんだ!?」
焦るマクシスに、魔人は不敵に微笑んだ。
「さあてなあ・・・?それより、足元に気をつけな!」
直後、マクシスのみならずみんなの足元から紫色の槍が飛び出した。
それはさっき出てきたものより明らかに鋭く、威力がある・・・どころか、下手すれば即死しそうなほどの威力があった。
実際、これを受けたメニィは「うっ・・・」と唸り声を上げ、血を吐いて倒れた。
ちょっと焦ったが、幸いにもまだ息はあった。
「地上人ってのは、弱いもんなのか?」
ローレンが、嘲笑うように言ってきた。
「こいつ・・・!」
腹を立てたアムラがハンマーを振るう。
しかし、攻撃は当たりこそすれど、ローレンにはまったくダメージが入らない。
その事実にまた腹を立てたアムラは、歯を食いしばりつつも離れた。
そして俺に、「あいつ・・・絶対ぶっ飛ばそう!許せない!」と怒った。
ちなみに、メニィはなんとか救出して後方に撤退させ、美羽が作った糸のドーム内に寝かせている。
鳥かごのような見た目だが、防御性能はかなり高く、また中にいる者の毒を取り除いてくれるらしい。
正直、勝てるかはわからない。だがメニィのためにも、ここで下がるわけにはいかない。
なんとしてもこいつを倒して・・・ この坑道を、みんなで生きて出なければ。




