第626話 侵攻の影
その後は、引き続き鉱石を採掘しながら先へと進んだ。
エルメル石英に限らず複数種類の鉱石がゴロゴロ採れるあたり、本当に採掘途中で放棄された坑道なのだなと思わされた。
道中はちょくちょく崩れているところもあり、やはり基本アムラとあおいに対応してもらった。
宝箱なんかはなかったものの、ある場所で錆びた武器を見つけた。
辺りにゾンビがいたことを考えると、かつてここで働いていた鉱夫の持ち物だったのだろうか。
見た感じはハンマーと刀のようだったが、どちらも錆びまみれな上にボロボロで、修復には手間がかかりそうだ。
あおい曰く、これらは「錆びた武器」と呼ばれるもので、朽ちた武器と同じく復元加工することで真の姿を現すらしい。
朽ちた武器と同様に珍しいものだが、あちらとは違い復元に特別な鉱石は必要ない。
「あおい、これの復元ってできるか?」
「ええ、できるわよ。帰ったらやってあげる」
「それは助かる」
ちなみに、俺たちのバッグは採取した鉱石ですでに8割ほど埋まっている。
もう少しメンバーを連れてくればよかったな・・・とも思ったが、まあ仕方ない。
そろそろ帰ろう、と言おうとした矢先、マクシスが「何かの力を感じる」と言い出した。
彼は、近くの壁にある小さな穴の向こうから何かの力を感じるらしく、それが気になるという。
「うーん・・・気にしなくてもいいような気がするけどな」
マクシスの言う穴とは、壁にぽつりと空いた直径2センチほどの穴のこと。
確かに、その奥からは何かの力を感じるが、そこまで強いものではない。
「いや・・・どうも気になるんだ。俺の気のせいって可能性もあるが、念の為この先を確認したい」
「そうか?まあ、そういうなら・・・」
結局、例によってあおいに壁を壊してもらった。その際、岩盤が崩れることはなかった。
結構盛大に壊したのでちょっと心配になったが、なんとかセーフだった。
壁に空いた穴を通り抜けると、感じていた力の正体がすぐにわかった。
あたりの床や天井が、紫色の何かで覆われており、それらはみな魔力を放っていたのだ。
「なんだこりゃ・・・?」
見た目はコケかカビのようだが、色が毒々しいうえ、明らかにヤバげな雰囲気を放っている。
「これは普通のコケね。ただ、あとから強力な毒の影響を受けて変質したみたいだけど」
あおいはそう言いつつ、手に小さなシャベルを出して天井のコケをかきとり、バッグに入れた。
採取した目的は、あとで調査するかららしい。
「まあ、十中八九普通のコケだと思うけど・・・それをこんなに変質させた毒の力には、興味があるわ」
しかし、あおいというか殺人者と毒という組み合わせは限りなく危険な香りがする。
よからぬことに使わないでくれるといいが、と思わずにはいられない。
肝心の通路は、まだ先へと伸びていた。
直線になったそこを進んでいくと、やがてやけに広い部屋に出た。
床や壁、天井にはやはり紫色をしたコケやカビ、あるいはもはやなんだかよくわからないものがびっしりと付着しており、言葉にならない気持ち悪さを感じさせる。
「なんなのよここ・・・気持ち悪い」
アムラがそう言った直後、突如として重々しい声が響いた。
「・・・んん?誰だ?」
みなは言葉の問いかけには答えず、無言で武器を構えた。
すると、声の主はしばらく沈黙した後、再び重々しい声で言った。
「まあいい。この瘴気の中、ここまで来れるとは・・・大したもんだ」
声質からして、声の主は男か。
そしてこの言い方・・・もしかして、周辺のコケやらカビやらを毒で変化させたのもこいつか?
「何者だ!出てこい!」
マクシスが叫ぶと、返事のかわりに彼の前方の床がボコッと盛り上がった。
そしてそれはたちまちのうちに割れ、何かがゾンビのように這い出してきた。
「・・・なんだ!?ゾンビか!?」
「落ち着いて、ゾンビじゃない!・・・魔人よ!」
美羽の言う通り、不気味さを感じる紫色の肌と髪は、確かに魔人のそれだ。
長らく見ていなかったが、そういえばこの世界には、地底に暮らす魔人という種族がいるんだった。
「・・・ほう、意外だな。地上に魔人のことを知っている者がいるとは」
地面から顔を出した男は、美羽を見てすぐに気づいたようだった。
「なんだ、そういうことか。・・・だったら悪いな。ここで・・・消えてもらうぜ」
美羽は何も言わず、ハルバードを構えた。
「・・・何者?何の目的で、地上に来たの!?」
「おいおい、そりゃ決まってんだろう?女王様に先駆けて、地上への侵攻を始めるためさ」
侵攻と聞いて、俺たちもみな武器を構えた。
それを見て、男は不敵に笑った。
「へえ、お前ら俺とやろうってのか?・・・面白え」
男は、地面から飛び上がって全身を現した。
「俺は魔人ローレン。『キサナドゥの探索者』って肩書きの地方英雄だ。・・・地上人たちよ、一つお手並みを拝見といこう!」




