第625話 鉱石が紡ぐ亡者
奴が吠えた瞬間、坑道の空気が震えた。
地面がひび割れ、白く輝く鉱石の破片が宙に散る。
まるで、坑道そのものが“生き物の体内”になったような錯覚を覚えた。
「マクシス、正面は任せた!・・・沙妃!美羽!援護を頼む!」
俺は斧を構え、足元の影を見据える。
黒い靄が再び形を変え、ゾンビたちの群れが通路の両側から滲み出てくる。
息を吸うたび、肺の奥が焼ける。
空気に毒が混じっているのか、喉がひりついた。
マクシスが叫び、一直線に駆け出した。
刀が闇を裂き、閃光が奔る。
斬撃がアンデッドの腕を切り裂くも、石英の破片がそれを塞ぐように再生する。
「再生した・・・!まあ、さすがアンデッドだな!」
「もしかしたら・・・核があるのかもしれません!」
メニィが叫んだ。
「中心部・・・胸の石英から、濃い魔力を感じます!」
「胸、だな?了解だ!」
俺は体勢を低くして突っ込む。
奴が再び息を吸い込み、喉奥が膨らむのが見えた。
黒紫のブレスが迫る。
咄嗟に盾に切り替えて地面を叩き、飛び退く。
直後、俺がいた場所を黒炎が焼き尽くした。
熱と毒の入り混じった臭い。肺がきしむ。それでも、逃げるわけにはいかない。
「メニィ、結界を!」
「はいっ!」
淡い光が広がり、ブレスの余波を押し返す。
その一瞬の隙を突き、沙妃のブーメランが敵の側頭を掠めた。
カンッという音とともに、黒い靄が霧散する。
「・・・効いてる!もう一発!」
美羽の魔弾が続く。青白い光が炸裂し、アンデッドの胸部に直撃する。
だが、砕けたと思った石英が、再び脈打つように光を取り戻した。
「・・・再生が速いな。まるで、意思があるみたいだ」
俺は歯を食いしばり、地面を蹴る。
真っすぐ突進し、斧を振り上げた。
重い衝撃が腕を抜ける。だが、刃は半ばで止まった。
石英の装甲が斧の刃を受け止め、火花を散らす。
その瞬間、奴の口元がわずかに動いた。
──笑った。
「・・・笑った、だと?」
次の瞬間、拳が飛んだ。
鉱石の拳が俺の腹にめり込み、肺の空気が全部抜けた。
後方に吹っ飛び、壁に叩きつけられる。視界が白く弾ける。
「姜芽っ!!」
誰かの声が響く。
だが、頭がぐらぐらしてよく聞こえない。
・・・まだ終わっちゃいない。それに、俺が倒れたら、全員が──。
地面に手をつくと、掌にざらりとした粉の感触があった。
エルメル石英の粉・・・それは淡い光を放ちながら、黒い靄を吸い込んでいた。
──ん?吸い込んでいる?
「・・・そうか」
俺は小さく息を吐く。
もしかすると、こいつを再生させてるのはこの粉そのものなのか?
なら、石英を壊すだけじゃダメだ。
「メニィ!この粉、火魔法で焼けるか!?」
「えっ!?・・・はい、たぶん!」
「なら、頼む!」
メニィが両手を掲げる。
燃えたぎる炎が坑道を満たし、粉の輝きが一斉に鈍った。
黒い靄が苦しむように渦を巻き、アンデッドの体から離れていく。
「今だ、マクシス!」
「ああ!」
彼の刀が閃く。
俺も全身の力を込めて、斧を振り抜いた。
二つの光が交差し、轟音が坑道に響く。
アンデッドの胸を貫いた刃が、石英の核を断ち割った。
黒い靄が爆ぜるように散り、光が一瞬だけ坑道全体を照らす。
やがて、静寂が満ちる。
粉となった鉱石がぱらぱらと落ち、風に消えていった。
・・・終わった、のか?
肩で息をしながら、俺は斧を杖代わりに立ち上がった。
マクシスも膝をつき、血の滲んだ口元を拭った。
「・・・ふう。あの化け物、そこらのアンデッドより強かったな」
「でも、なんとか・・・みんな生き残ったね」
沙妃の安堵した声が響く。
俺は坑道の奥を見た。崩れた岩の隙間から、かすかに光が漏れている。
「まだ先があるみたいだな」
「だね。・・・きっと、あの先に最深部があるんだよ」
一度顔を見合わせた後、俺たちはさらに奥へと進んだ。




