第616話 四龍族・王子ゼルガ
場の空気がしんみりしている中、突如異変が起きた。
地鳴りのような音がしたと思ったら、部屋の天井が崩れてきたのだ。
巻き込まれた者はいなかったが、もうもうと舞う砂埃の中から、俺は気配を感じた。
「・・・誰かいるぞ!」
そう叫んだ直後、砂埃の中にいる何かと目が合った。
・・・赤く光る二つの瞳が、こちらを睨んできた。
やがて砂埃が消えると、その全容がはっきりとわかった。
人型をしているが、おそらくは人間でも異人でもない・・・人型の異形だった。
白い髪に黒い2本の角、灰色の尾を持っており、どこかで見たような既視感を覚えた。
しばらく見ていて、その正体に気がついた・・・こいつ、ティファリクに似てる。
いつだったか、ロロッカで遭遇した異形。炎を吐き、巧みな剣の技術を持った女の龍族。
自身を「炎剣の王女」と名乗り、その肩書きに恥じない実力で俺たちを追い込んできた。
目の前にいるこいつは、あのティファリクとよく似た姿をしている。
ということは、やはりこいつも異形か?
「いけないな、勝手なことをしては」
異形はマクシスたちを見、低い声で言った。
「あんたは・・・!何?何が勝手だって言うの!?」
「お前たちはブルーの配下だ。ならば、たとえブルーが死のうとも、ブルーの持っていた意思に従う義務があろう」
「ブルーはお前に従ってなどいない!俺たちだって同じだ!」
ほう?と異形は首を傾げた。
「従いはせずとも、奴が私と契約を交わし、我が力の恩恵を受けたことは事実。よって、奴の配下であるお前たちにも責任があろう」
応答の内容から、どうやらこいつはやはりティファリクと同じ異形の龍族で、ブルーと何かしらの契約を交わしていたようだ。
「・・・お前は!」
リュミエールが男に反応し、刀を構えた。
彼女だけでなく、ミルエラやルファリア三姉妹もまた武器を構える。
そう言えば、彼女たちは異形でありながら、かつて世界を支配した竜王に従わなかった過去がある種族であった。
だとすると、こいつは因縁の相手とも言えるか。
「ん?お前は・・・その身なり、ムーランとマーディア・・・だったか。かつて竜王様の意思に逆らい、我らへの忠誠を忘れた裏切り者の血筋が、まだ残っていたとはな」
「私たちも同じ気持ちよ!お前のようなケダモノが、私たちの前に現れるなんて!」
以前ちらりと聞いたが、ムーランとマーディアは、竜王が滅びた後も長きにわたって人との関わりを持ち、その温かみや恩情を知った。故に、かつての人を根絶やしにしようとする竜王の考えにはやはり賛同できない、と考えるようになった。
それを踏まえると、彼女たちが一斉に武器を構えたのは必然とも言える。
「お前は・・・ガルフの一族だね。それも、結構な古参だ」
アグレスの予測に、異形は正解の意を示した。
「私はガルフ=ゼルガ・・・四龍族ガルフの王子だ。裏切り者と、祈祷師の女は別として、そこの男たちのことは聞いている」
すると、アーツが反応した。
「おれたちを知ってる・・・?もしかして、あの女の兄弟か!?」
「左様だ・・・ガルフ=ティファリクは我が妹。お前たちのことは、妹を通して聞いている。ロロッカの密林で、世話になったそうだな」
ティファリクの名を聞いて、ナイアや龍神は顔を強張らせた。
彼らも、ピンと来たのだろう。
ゼルガと名乗った異形の王子は、手に剣を出した。
「ここで出会うとは思わなかったが、まあよかろう。お前たちに傷つけられた妹の恨み、私が晴らしてやる」
剣の刀身には、圧倒されるほどの闇の魔力が宿っている。一目見ただけでも、強者だとわかる佇まいだ。
「それにしても好都合だ・・・妹の仇だけでなく、契約違反者と裏切り者の粛清もできるとは。こうなるのなら、ブルーに力を与えたのは正解だったな」
こいつがブルーにどんな力を与えたのかはわからないが、おおかたよからぬものだったに違いない。
そしてその契約の内容もよくわからないが、たとえそれによるものだったとしても、無関係のはずのマクシスたちが狙われるのは黙認できない。
マクシスとアムラは並び立ち、俺たちに協力を求めてきた。
「姜芽・・・だったな。すまないが、俺たちに力を貸してくれ。こいつを、どうにかして退けねば!」
「正直、こんなこと言いたくないけど・・・こいつをぶっ飛ばすのは、私たちだけじゃ無理だわ。あんたたちの力添えを、お願いする!」
無論、断る理由などなかった。
「よっしゃ・・・!さっさとこいつ倒して、この城を出ようぜ!」




