表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒界異人伝・異世界英雄譚 -ようこそ、造られた異世界へ-  作者: 明鏡止水
8章・エルメルの戦火

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

648/689

第614話 鎌が裁くのは

 空気が裂けた。

金属の打ち合う音が、火花とともに散る。


アグレスとジェイル、二人の鎌が正面からぶつかり合い、火の粉を散らした。

ジェイルの足が床を滑り、アグレスの腕が震える。互いに、もう何度も致命打を逸している。だが一歩も退かない。


「・・・ほんと、強くなったじゃないか。親父の仇を討つために、そこまで研ぎ澄ませたってのかい?」


 アグレスの口調は静かだった。挑発でも、皮肉でもない。

だがジェイルの目が、ますます怒りに燃える。


「うっさいわ・・・口を利くな!」


叫びとともに、鎌が唸りを上げる。

ジェイルの魔力が弾け、蒼い刃が幾重にも分裂してアグレスに襲いかかる。

それをすべて受け流すアグレスの動きは、流れるようでいて、どこか苦しげだった。


 アグレスは言っていた――受け止めてやると。

その言葉の通り、彼女は反撃をしなかった。攻める隙があっても、ただ受け止め続けた。


「なんで反撃しないんだ!」とリャドが尋ねると、アグレスは無表情で答えた。

「・・・罪を背負った側が、救いを求めちゃいけない」


 一瞬、ジェイルの動きが止まる。

その隙に、アグレスの鎌が彼女の首筋をかすめたが、切ることはなかった。

ただ、風圧だけがジェイルの頬を裂いた。


血が滴り落ちる。それでも、ジェイルは笑った。

歯を食いしばり、涙と怒りが混ざった顔で、吠えた。


「・・・だったら!死んで償え!!」


 咆哮と同時に、地面が爆ぜた。

ジェイルの足元から無数の蒼光が立ち上がり、魔力の槍が雨のように降り注ぐ。

アグレスは腕で顔をかばいながら後退――しかし、一筋の槍が肩を貫いた。


「っ・・・!」


血が飛び散り、鎌が床に落ちる。

その瞬間、ジェイルが跳び込んできた。

刃が、真っ直ぐにアグレスの胸を狙う。


だが――アグレスの目は、どこか穏やかだった。


「・・・いいんだ。そうやって、あんたが前に進めるんならね」


 その声と同時に、アグレスの魔力が爆ぜた。

落ちていた鎌が宙に舞い上がり、軌道を描いてジェイルの背後から迫る。


彼女が気づいた時には、すでに遅かった。

鎌の刃が、彼女の背中のマントを切り裂き、皮膚を浅く裂いた。

アグレスはすぐに鎌を引き戻し、構え直す。


「・・・あたしを殺したいんだろ?」


アグレスの声は、淡々としていた。

その眼差しには怒りも憐れみもなく、ただ、すべてを受け入れた者の静けさがあった。


「だったら――その覚悟を見せてみろ。命を懸けるってのは、そういうことだ」


 アグレスの足元が、赤い光を帯びた。

床の紋様が浮かび上がり、鎌の刃に紅蓮の魔力が迸る。

その光は血のように濃く、罪を焼くように熱い。


「ジェイル・・・あんたの“答え”ってやつを、見せてみな!」


挑発でも命令でもない。

その声には、ただまっすぐな願いがあった――この憎しみの鎖を、自らの手で断ち切れと。


「っ・・・あたしの“答え”は、最初から決まってる!!」


 ジェイルが吠え、蒼い魔力が爆発した。

空気が弾け、風が逆巻く。二人の魔力が空間でぶつかり合い、火花を散らした。

彼女の鎌が地を削り、軌跡を描いてアグレスの頭上から振り下ろされる。


アグレスは一歩も退かず、鎌を横に構えた。

「――[紅断・グレイフォール]!」


 紅の斬撃が閃いた。

地を割るほどの力で横薙ぎに振るわれ、蒼と紅の光がぶつかり、轟音が空間を裂く。

衝撃が弾け、二人の姿が煙の中に消えた。


そして次の瞬間――蒼光が、消えた。


「・・・な、に・・・?」


ジェイルの動きが止まる。

彼女の鎌は空を切り、肩口から血・・・ではなく、蒼い魔力が噴き出していた。

アグレスの鎌が、正確に彼女の腕の付け根を斬り裂いていたのだ。


 ジェイルはよろめき、息を荒くする。

だが、アグレスは追撃しない。ただ、鎌を下ろしたまま言った。


「・・・終わりにしよう、ジェイル。あんたがこれ以上、誰かを憎む前に」


その言葉に、ジェイルの目が大きく揺れた。

怒りでも涙でもなく、ただ――困惑。

まるで、自分が何をしたかったのかを見失ったように。


「なんで・・・なんで止めを刺さないんだよ!」


「刺したさ・・・とっくにね。だから、もう充分だ。憎しみにとらわれて人を殺しても、空っぽの心しか残らない。あたしは、それを知ってる」


 アグレスはゆっくりと近づく。

ジェイルは震えながらも、鎌を構えようとしたが――腕が上がらない。

彼女の魔力は尽きかけ、身体も限界だった。


「・・・あんたが、あたしを許さないのは当然だ。けど、あんたが親父の意志を継いで、強くなったのもまた当然だ」


アグレスはそっと手を伸ばし、ジェイルの頭を押さえた。

ジェイルは震える唇を噛みしめ、声にならない嗚咽を漏らす。


「なんでだよ・・・なんで、そんな顔で・・・」


「それが“贖罪”ってやつだよ・・・あたしなりのね」


 静寂が落ちた。

血の匂いが薄れ、戦場に冷たい風が吹き抜ける。

アグレスの鎌が地面に突き刺さり、カラン、と乾いた音を響かせた。


「だが、あんたがこれまでしてきたこともあるからね・・・こうしよう」


アグレスが手をかざすと、ジェイルの体は白い光の球に包まれた。

そしてそれが消えると、ジェイルはその場に倒れて動かなくなった。


「これでいい・・・あとは、あの二人だね」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ