第613話 憎しみの継承者
室内に立ちこめる霧が、戦場を包んでいた。
三姉妹の奮闘でブルーは確かに傷つき、血を垂らしていた。それでも――その眼光は、獣のようであり続けた。
「・・・しぶとい奴だ」
ルファリアが小さく吐き捨てる。
レイヴェリアの大剣が下がり、ソティアの肩が荒く上下していた。
三人とも限界が近い。魔力はともかく、体力はあと数分も保たないだろう。
だが、それは相手もまた同じことだ。
「終わらせてやろう・・・異形であれ、すべて平等に滅する・・・!」
ブルーが蒼光を纏う。
槍の穂先が天へと伸び、吹雪が渦を巻いた。
魔力の密度が一気に跳ね上がる――大技の前兆だ。
「下がれ、みんな!」
俺は叫ぶと同時に前へ出た。
斧を構え、炎の魔力を迸らせながら振るい、盾と剣に変形させる。
全身を紅の光・・・炎の魔力が包み込む。
剣の刃と盾の表面が、熱を帯びて赤く輝く。
「姜芽・・・もしや、行く気か!?」
ルファリアの声に、俺は笑って返した。
「もちろんだ。あんたたちが削ってくれたおかげで、勝機は見えたからな」
ブルーの動きが止まる。
空を裂くように蒼光が走り――次の瞬間、彼が槍を振り下ろした。
「――[蒼槍滅衝・終式]!」
暴風のような衝撃波が大地を薙ぐ。
床が爆ぜ、地面ごとえぐり取られる。
それでも俺は一歩も退かない。盾を構え、全魔力を集中させた。
「来いよ・・・!」
蒼と紅がぶつかり合い、世界が裂けた。
光と音が混ざり、空間が震える。
だが、その中で俺は確かに感じた――背後から、仲間たちの気配を。
「ルファリア、今だ!」
俺の盾が衝撃を受け止めた瞬間、ルファリアが影のように滑り込み、刀を閃かせた。
ソティアが風を纏って跳び、ブルーの背へ突き込む。
レイヴェリアの大剣が追撃を重ね、重い金属音が響いた。
ブルーが苦悶の叫びを上げる。
その隙を逃さず、リュミエールの癒光が仲間たちを包み、ミルエラが風の刃を飛ばす。
さらに亜李華の詠唱が重なり、氷の柱が蒼光を切り裂いた。
「――今だ、姜芽さん!」
セキアの声が響く。
俺は剣と盾を斧へと戻し、体勢を低くする。
全身の魔力を一点に集中――赤い光が、刃の中心で脈動する。
「奥義 [フレイムポール]!」
久しぶりに、この世界で最初に編み出した奥義を繰り出した──長ったらしいので、セリフは省略だ。
渾身の一撃がブルーの槍を粉砕し、胸を貫いた。
蒼い光が弾け、轟音が鳴り響き、
静寂の中で、ブルーの身体がゆっくりと崩れ落ちた。
そして、ぴくりとも動かなくなった。
だが、余韻に浸っている余裕はなかった。
なぜなら、すぐに残りの三人・・・ジェイルとマクシスとアムラと交戦とする仲間たちの動きが、目に入ったからだ。
特にアグレスは、他に誰とも協力し合わずに一人でジェイルと切り合っていた。
互いに鎌を持ち、結構な速度で鍔迫り合いをしている。
何か言ってからだとジェイルに勘付かれると思い、無言で魔弾を撃ち込んだのだが、しっかりと避けられた。
さらに、アグレスから「手出しは無用だ!」という声が飛んできた。
「こいつはあたしに恨みがある・・・なら、それを受け止めてやるのが使命だ」
すると、ジェイルは一瞬首を傾げた。
「恨み?違うね・・・そんなんじゃあない。あたしにとっちゃ、あんたは仇だ。親父の・・・永久不変の、仇だ!」
何があったんだ、と聞きたくなったが、その前にアグレスから話してくれた。
「こいつの父親は、ラフトレンジャーの創設者だ。10年前、あたしはエルドの命で、外に出稼ぎに来ていたこいつの父親を襲った。そして、喉を掻っ切ってやったのさ!」
やはり、ジェイルの父親はアグレスに殺されたようだ。そう考えると、アグレスがジェイルに恨まれるのも納得がいく。
「親父はいい奴だった・・・盗賊としても、父親としても。あたしが笑ってる間、親父は地に埋もれて腐って生きてた。・・・それを、あんたが殺した!命令されてだろうが、なんだろうが関係ない・・・あたしは、親父の仇を討つ!」
ジェイルの目には、恨みと怒りが映し出されている。それを目の前にするアグレスは、冷静にジェイルを捉えて相手をする。
彼女は、ジェイルが自身を恨んでいることを承知の上で、あえて一対一で戦うことを選んだのだろう。それが自信によるものか、ジェイルの気持ちを尊重してかはわからないが。
やがてジェイルは動きを止め、魔弾を数発アグレスに撃ち出す。
そのすべてを防がれると、ジェイルは「ははっ・・・」と乾いた笑いを口にした。
「そうかい、そうかい・・・やっぱり、あんたはそうやってあたしをバカにしてくるんだね!」
ジェイルは猛烈な速度で、アグレスに飛びかかった。
その目と刃に宿る恨みと怒りは、もはや純粋なる殺意へと昇華し、仇など関係なく、ただアグレスを殺すことだけを目的としているようだった。




