第611話 守られる者、守る者
火花の奔流を押し返していたエンズの棍が、ついに弾かれた。
「――っぐ!」
鋭い衝撃が彼の胸を直撃し、巨木をへし折るほどの力で吹き飛ばされる。
彼の身体は地面を転がり、血飛沫が白い雪を汚した。
「お兄ちゃん!」
セキアの悲鳴が響く。だが返事はない。
ブルーはゆっくりと歩み寄り、槍を高々と掲げた。
「小賢しい。だが終わりだ。――[蒼槍滅衝]!」
青白い光が槍に集束していく。その気配は空気そのものを裂き、周囲を震わせた。
セキアの足は震えていた。全身の魔力も、先ほどの攻撃で半分以上削られている。
それでも――彼女の紫の瞳は消えていなかった。
「・・・わたしは、立つ」
唇を噛み切り、血を滲ませながら、セキアは前に出る。
そして掌を突き出した瞬間、ブルーの足元の影が蠢いた。
「――[シャドウバインド]!」
黒い鎖が大地から伸び、ブルーの足を絡め取る。
刹那、彼の動きが止まった。
「なっ・・・!」
槍に収束した蒼光が揺らぎ、制御が乱れる。
「今だ・・・!」
セキアは渾身の力を振り絞り、闇の球体を形成した。
それは紫黒の輝きを放ち、空気を押し潰すほどの圧を持っていた。
「――[ラスト・ラムフェティ]!」
彼女の叫びとともに、黒い弾丸がブルーの胴を直撃した。
蒼光と闇がぶつかり合い、激烈な爆音が辺りを覆う。
視界が白く飛び、耳が焼けるような轟音の中――セキアは歯を食いしばっていた。
ただ、兄が無事であることを祈りながら。
爆音が収まると同時に、俺は駆け出していた。
「エンズ!」
地面に伏したままの彼を抱き起こす。
胸元は赤く染まり、呼吸も荒い。だが――まだ生きていた。
「・・・っ、ああ・・・すまねえ、やられた」
「しゃべるな、今は休め!」
すぐにリュミエールが駆け寄り、結界を張りながら治癒の術を施す。
淡い光が傷口を覆い、血の流れが徐々に収まっていく。
「助かる・・・!」
俺は彼女に頷きつつ、立ち上がった。
視線の先では、セキアが一人、必死にブルーを睨みつけている。
先ほどの一撃で確かにダメージを与えたはずだが、奴はまだ立っていた。
薄く笑みを浮かべ、槍を軽く振って闇を払う。
「子供だと思っていたが・・・なるほど、立派な魔女だな」
その声音に、ぞっとする冷気が混じる。
セキアは体を震わせ、今にも崩れそうになりながら、それでも前に出ていた。
「わたしは・・・あなたを、倒す・・・!」
その姿に、俺は強く歯を食いしばる。
「もう十分だ、セキア!ここからは、俺たちの番だ!」
沙妃が横からブーメランを投げ放ち、マクシスの動きを牽制する。
亜李華は魔導書を開き、ブルーに向けて矢のような光を連射した。
ミルエラは刀を抜き、アムラの前へ立ち塞がる。
仲間たちが一斉に動き出したことで、戦場の空気が一変する。
セキアはわずかに肩を落としたが、その瞳には安堵と悔しさが混じっていた。
「・・・わかった。お兄ちゃんを、お願い」
俺は頷き、斧を握り直す。
「任せろ。ここからは、俺たちで突破する!」
紫煙の中で、ブルーがゆっくりと槍を構え直した。
その眼差しは、俺たち全員を試すかのように光っていた。
「なんだ・・・それで、子供を守ったつもりか?そしてその代わりに、お前たちが傷つくと?・・・滑稽だな」
「何とでも言え。妹を守ってくれる者の存在が、どれだけありがたいか・・・お前のような者にはわかるまい!」
なぜか、ルファリアがエンズの気持ちを汲み取ったような発言をした。
まあ、彼女とて2人の妹を持っているわけだし、同じ立場だとも言えるかもしれない。
「異形のくせに、人間じみた感情を抱くのか。感心だ」
ブルーは、ルファリアたちが異形であることには気づいていたようだ。他の3人も、たぶん気づいている・・・というか、知っているだろう。
「あの子と、あの男の代わりに・・・我らがお前の相手になってやる!」
ルファリアは刀を構えた。




