第600話 潜入、そして血
町の入り口へと向かう道中、亜李華が心配げな表情で「大丈夫でしょうか・・・」と呟いた。
だが、俺だけでなくミルエラにも励まされた。
「大丈夫だって。何も亜李華一人じゃないんだ、俺たちがいる」
「町に入ってからの動きは、あの男から聞いたでしょ?その通り動けば大丈夫よ」
「・・・なら、いいですけど」
そこで、エンズが口を挟んだ。
「町に入ったら、なるべく距離を置いて、別人のように歩けって言われたな。入る時も、一人ずつ距離を置いてだ。それを忘れないようにしよう」
別に脅すような言い方でもなかったが、亜李華にとってはある種の脅しに感じられただろう。
実際、直後にセキアが「それ、亜李華さんにとって励みになるかな」とぼやいた。
それに対してエンズは「ん、そうか・・・?」と口にしつつも、よくわからないという顔をした。
殺人者は人の気持ちを想像するのが難しいと聞いたことがあるが、その通り・・・かもしれない。
そうしているうちに、いよいよ首都の入り口が近づいてきた。
「念のため、このあたりから分散しない?」
ミルエラの提案を採用し、俺たちは少しずつ距離を取って分散していった。
そして入り口の前まで来たとき、みんなは一度足を止めた。
無言で目を合わせ、「まず誰が行く?」と言い合ったが、最初に踏み出したのはセキアだった。
メンバー中もっとも幼いのに、勇気がある。
彼女が入ってしばらくして、エンズも続く。
やはり、妹が心配なのだろうか。
エンズの後にミルエラ、亜李華と続き、最後に俺が入った。
亜李華が門をくぐってから15秒ほど数えて、俺も門をくぐる。
町中は異様なほど静かだった。
門をくぐる前から静かだなとは思っていたが、ちらっと見た感じほとんど人がいない。
エルドから聞いた通り、頭を下げて下に視線を向けながら歩いていく。
まるでここを歩き慣れているかのように、半ば眠っているかのように。
視界の隅に、先を行く亜李華の足がうっすらと見える。彼女についていけば、道を間違えることはないだろう。
途中、ちらちらと町の住人が視界に入ってきたのだが、いずれも道端に座り込んでいた。
しかし、それは寝ている者だけではなく、一人で笑っていたり、酒だか何だかわからない液体が入った瓶を横に置いて一人で盛り上がっていたりと、明らかにヤバいことをしている者がそれなりにいた。
さらに、座ってはいるが体を変にくねらせ、不気味な声を出している男なんてのもいた。
その近くには、無数の小袋や注射器のようなものが置いてあった。
・・・この男が何をしているのかは、考えないでおこう。
しばらく進むと、空が薄明るくなり、少しずつ周りがよく見えるようになってきた。
それでわかったのだが、町並み自体はわりとしっかりしている。
ただ、いずれも壁にヒビが入っていたり、窓ガラスが割れていたり、ドアが外れていたりと、建物自体は存在しても「整備」はされていないことがわかる外見になっていた。
さらに、一部には祭りやイベントで見るような、屋根を複数のポールで支えただけの仮設同然のテントなんかもあった。
はっきり見えなかったが、中には椅子やテーブルがあり、寝ている人がいたから、一応住人・・・なのだろうか。
壁もなければ扉もない、ほとんど屋外同然の住処だが、このようなものは他にいくらでもあった。
雨が当たらず、テーブルと椅子があるだけでもありがたい、ということだろうか。
幸いにも、俺たちに近づいてくる者はいない。だが、見られているような感じはした。
やはり、町の住人とは明らかに違う身なりをしているからだろうか。
さらにしばらく歩いていると、後ろから足音がした。
歩く速度を上げると、後ろの足音も速くなる。
俺はメンバーの最後尾なはずなので、後ろから来る者がいるとすれば町の住人だ。
わざわざ後ろから近づいてくるとすれば、あり得るのは・・・盗人か。
町中でやり合っても仕方ないので、歩く速度を調整して追いつかれないようにしつつ、ゴールを目指した。
足音の主は執拗に追ってきたが、ある意味ついてきてくれているうちが華だ。
もし亜李華や他のメンバーを狙ってきたら、それこそ実力行使に出かねない。
しばらくして、ようやく白いアーチが見えてきた。
珍しく崩壊していないアーチで、その先は道が赤くなっている・・・間違いない。
既に下で止まっているみんなと合流する前に、俺はそっと剣を取った。
そしてわざと歩みを遅くし、足音の主が背後まで迫ってきた時、唐突に足を止めて振り向きつつ斬った。
その場で卒倒したのは、若い女だった。
血に濡れた服はボロボロで、体中が汚れている。
いかにも無法地帯の住人という感じの見た目だったが、ちょっと服をまくるとひどく痩せていた。
かなり飢えていたように見えるが、それで盗みを働こうとしていたのか。
だが、そんな奴はきっといくらでもいるのだろう・・・この町に限らず、エルメル全域で。
「なにその人・・・あ、そろそろいいよね?」
セキアが口を開き、皆は大きく頷いた。
俺が、女にここまでずっとつけられていたこと、ひどく痩せていたことを伝えると、セキアは察したようだった。
「こんな人、いくらでもいそうだけど・・・近づいてきたら、追い払うしかないよね」
「ああ、かわいそうだけどな」
それは、盗賊であるラフトレンジャーにも言えることだ。
奴らとて、もとは貧困層だったのだろうから。
「さて、あとはエルドさんたちを待つだけよね?」
ミルエラが、確認するように言った。
「ああ。しばらくここで待とう。・・・他に何も来なければいいが」




