第598話 暁の出撃準備
翌朝4時前、エルドたちはラスタに来た。
「夜明け前に到着するように来た」とのことだが、さすがに早すぎではないだろうか。
現に、エルドたちが来たといってみんなを起こしに行ったら、大半の者はまだ眠いと言うか、もしくはそもそも起きなかった。
すんなり起きてきたのは、もともとショートスリーパー体質であるらしい一部の者だけ。
具体的には沙妃、龍神、エンズ、アーツの4人だけであった。
・・・アーツ以外全員が殺人者なのは、気にしないでおこう。
起きてきた面々を連れて行くと、エルドについてきたゼンに驚かれた。
「あれ、こんなもんしかいないのか?」
「いないってか・・・すぐ起きてくれたのが、こいつらしかいなかったんだよ。みんなまだ眠いって・・・」
「そうか、まあ仕方ないな。だが、こちらにも事情があったからな」
「事情って?」
詳しく聞いたところ、こういうことだった。
昨日リャドが話してくれた通り、首都ラフトは恐ろしく治安が悪い・・・というか、ほぼ無法地帯と言える場所だ。
そんなラフトでも、比較的安全な時間があり、それがこの時間帯・・・夜明け前から早朝にかけてなのだ。
「深夜はラフトでもっとも危険な時間だが、夜明け前と早朝は、逆に安全な時間になる。この時間帯なら、悪党や薬物中毒者にからまれる可能性は多少低くなる」
「今ぐらいの時間帯は、夜中に騒いだ連中が疲れて寝るころだからな。人通りも、夜中と比べるとだいぶ少なくなる。だから、必然的に悪党に出会うリスクも下がるんだ」
エルドとゼンが、そう話してくれた。
ちなみにエルドはゼンだけでなく、島にいた呪術師の女・・・アグレスも連れてきていた。
彼女はしばらく黙っていたが、俺が「結局、ラフトってどんなところなんだ?」と聞くと、答えてくれた。
「ラフトは、いわばこの国の腐敗と堕落の中心・・・かつては王城があって、エルメルで一番大きくて豊かな都市だった。けど、夜会の連中が現れてからは、一気に変わった。町は夜会とラフトレンジャーに支配され、法律も秩序も失われた。今では、暴力と犯罪と恐怖、そして金で成り立つ都市だ」
アグレスは無機質ながら、どこか哀愁を漂わせる表情をしていた。
「何も考えずに入るのは自殺行為だ。入った途端に身ぐるみを剥がされ、薬物を打たれ、町の一員にされる・・・1日もすれば、町を去りたくても去れない体になるだろうね」
恐ろしい話だが、これまでに見てきたエルメルの実態と、昨日のリャドの話を踏まえて考えると、十分あり得ると思えてしまう。
「とにかく、人員を整え次第、すぐに出発しよう。日が昇れば、町中の悪党どもが反応して厄介なことになる。我々に与えられた時間は、そう多くない」
エルドの言葉に、俺は縮み上がってメンバー編成と持ち物の整理をした。
そうして選び抜いたメンバーは、アーツ、エンズ、沙妃、龍神の4人の他に、送れて起き出してきたリャドとミア。
それに亜李華とセキア、そしてナイアだ。
セキアは目をこすり、寝ぼけるどころか半ば寝ているような状態ではあったが、なんとか起きてきてくれたので採用した。
彼女はエンズの妹であり、兄と同じく闇の術を扱う。
剣などの物理攻撃ができる武器を使わない「完全術師」で、まだ幼いが立派な魔女だ。
「んー・・・」
起きてはきたものの、立ったまま目を閉じて寝ているセキアに、エンズが声をかける。
すると、彼女は唸りながらも目を開ける。
「お兄ちゃん・・・久しぶりだね、わたしたち」
「だからこそ、ちゃんと起きろ。久々の戦場で、醜態を晒すわけにいかないだろ」
「うーん・・・うん、そうだね。ふあぁ・・・」
以前、セキアの年齢は13歳だと聞いた。
そんな幼い子に、この時間に起きろと言うのは少々酷なような気もする。
「ずいぶん幼い子だね・・・けど、その力は本物だ」
アグレスが解析するように言うと、エンズは感心したように「ん、わかるのか?」と言った。
「あたしは呪術師だ。闇の力を持つものは、その強さがわかる。その子は、あたしなんかよりずっと強い闇の魔力を持ってる・・・さすがは、魔女ってとこだね」
「魔女だってこともわかるのか。ところで、あんたも来るのか?」
「無論さ。あたしはエルドの右腕だ、エルドが行くのにあたしは行かない・・・なんてことは、あり得ないよ」
「そうか。まあいいんだがな」
ちなみに、俺を含む他のメンバーは装備と荷物の最終チェックを行っていた。
といっても武具を整え、水や食料を荷物に入れて確かめるだけだが。
「出撃の前に、食事だけは済ませておこう。ただ、あまり時間がないのでな、軽いもので済ませねば」
エルドが先立ってそう言っていたのもあり、みんなはそれなりの食料を詰め込んだ。
といっても、ビスケットやドライフルーツ、バー食品のようなものばかりであったが。
そして、いざ出撃・・・というところで、ムーランとマーディアの異形の女たちが起きてきた。
彼女たちは、若干起きるのが遅れたことを詫びつつも、自分たちが置いていかれることへの不満を口にした。
「奴らを成敗しに行くなら、我らも連れていってもらいたい」
「準備はもうできてる。・・・私たちみんな、奴らを倒したくてウズウズしてるのよ!」
ルファリアとリュミエールがそう言ってきたが、俺はちょっと心配ごとがあった。
「こんなに連れて行って、大丈夫なのか・・・?」
「大丈夫だ。今の時間帯なら、人数が多くても問題はない。むしろ、戦力は多いほうがいいだろう」
エルドがそう言ってくれたので、安心して彼女たちを連れていけそうだった。




