第588話 異形の奥義、決着の時
結界を張り、俺たちの猛攻を受け止めているうちに、デリクは明確に後退し始めた。
それでも、奴の手にはまだ魔導書がある。
それに、あの光の奥義をもう一度撃たれたらきつい。
「気を抜くな!・・・あの本を、狙え!」
俺は叫びながら斧を構え直す。
リュミエールとミルエラは、血に濡れた体でなおも踏み込む。
二人の刀が交差するたび、結界の光が削れ、火花のように散った。
「まだ砕けないの・・・!?なら!」
リュミエールは渾身の一撃を振り下ろし、ミルエラもすぐさま横合いから斬り込む。
刃の響きが重なり、結界がぐらりと揺らいだ。
その一瞬を逃さず、俺は斧を投げる勢いで振り抜く。
鈍い衝撃。結界にひびが走り、デリクの顔がわずかに歪んだ。
「・・・っ!」
奴は、さっきのとは別の魔導書を高く掲げ、何かを詠唱し始める。
光の奔流がページの間から漏れ、次の大技を狙っているのは明らかだった。
「させるか!」
龍神が雷を纏った刀を投げ込むように突き出す。
稲光が走り、魔導書の表紙をかすめた。
デリクは慌てて結界を強めるが、その隙を突いて矢が飛ぶ。輝の一射だ。矢じりが結界を削り、火花が散る。
「今よ、姜芽!」
リュミエールの声に、俺は駆け出した。
体は痛みで悲鳴を上げているが、止まる気はない。
デリクは焦ったようにページをめくる。
白光が再び膨れ上がる――だが、ミルエラが叫びながらその腕を刀で打ち払った。
「二度も撃たせるものですか!」
魔導書が揺らぎ、光が暴発する。
爆ぜた光の衝撃で壁が崩れ、石片が飛び散った。だが、奴の奥義は不発に終わった。
奴の顔から初めて余裕が消えた。
「今だ・・・畳みかけろ!」
俺は叫び、仲間たちが一斉に突撃する。
リュミエールとミルエラの双刃、龍神の雷閃、輝の矢、レイヴェリアの大剣――
それぞれの軌跡が重なり、デリクの結界を削り、ついに砕き切った。
白い破片のような光が宙に散り、奴の防壁が消える。
素肌をさらしたデリクの体に、俺の斧が迫る。
「終わりだ・・・!」
攻撃は見事、奴に命中した。
刃は奴の服を切り裂き、血を噴き出させた。
「ふ、ふふ・・・なかなかやりますね・・・」
奴は唸りつつ、魔導書を広げた。
「ですが・・・!私とて、ここで引くわけにはいかないのです!『フィラー』!」
デリクの体を白い光が包んだかと思うと、それは打ち上げ花火のように上空に飛んでいった。
そして次の瞬間、俺の頭上から降りかかるように落ちてきた。
「・・・!」
だが、俺がそれを受けることはなかった。
光が直撃するギリギリのところで、リュミエールが光を弾き飛ばしてくれたのだ。
それには、デリクも驚きを隠せなかった。
「なっ・・・異形が、私の魔法を防いだ・・・?」
「・・・」
リュミエールは着地した後、血をふき取るように刀を拭った。
その刀身から、魔力が消えていくのを感じた。
「隊長・・・!」
ミルエラが横に立ち、リュミエールは改めて刀を構えた。
「もう、誰も傷つけさせはしない」。
彼女はそう言い放ち、デリクを見つめた。
「これ以上、誰かを傷つけることは許さない・・・お前の首は、私たちが落とす!」
そして、2人は斬撃を繰り出した。
デリクはそれを受け止めたが、弾くことはできずそのまま後退し始めた。
そして・・・。
「お前が奥義を使うのなら、私たちだって同じような技を使ってやる」
「弄ばれ、辱められたみんなの悲しみ、絶望、怒り・・・すべて、私たちが受け継ぐ」
2人は、それぞれ刀を左肩、または目の前に構え、大技を繰り出す。
「[蓮華漫遊・乱鶯]」
「[四季刻々・桜花]」
リュミエールは、周囲に緑の鳥を思わせる魔力を漂わせながら、刀を振るって無数の斬撃を生み出す。
ミルエラは、桜の花びらを辺りに舞わせて華やかに飾りつつ、一太刀を繰り出す。
それらの技によって、デリクはザシュザシュ・・・!と音を立てて切り刻まれた。
そして技が終わった時、奴は・・・。
「これは・・・え?私が、やられる?異形に・・・」
装束が無残に破れ、全身が血まみれになりながら、奴はうわごとのように呟いた。
そして、そのまま・・・音もなく倒れた。
・・・終わった。
そう思ったのだが、彼女にとってはそうではなかったようだ。
「隊長・・・気持ちはわかりますが、耐えてください」
ミルエラがそう呟く。
リュミエールは、刀を手にしたまま震えていた。
まるでまだ足りない、もっともっと切り刻んでやりたい、と言わんばかりに。
「・・・っ。確かに、そうね。ここで私が怒っても、消えた命は帰ってこない・・・」
そう呟き、リュミエールは刀を収めた。
それを見て、ミルエラも同様に納刀した。
「せめて、生き残ったみんなと一緒に・・・集落を立て直しましょう。そしてまた、かつてのような豊かな住処を・・・」
「ええ。・・・それに思えば、私は一人じゃない。このお腹には、新たな命が育っているんだったわ・・・」
リュミエールは腹を撫で、「大丈夫そうね」と微笑んだ。
「もう、誰一人仲間を死なせたりはしない。けれど、同時に暴走したりもしない・・・この子を無事に産むまでは」
彼女の一言で、ミルエラは安心したようだった。




