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黒界異人伝・異世界英雄譚 -ようこそ、造られた異世界へ-  作者: 明鏡止水
8章・エルメルの戦火

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第582話 嵐の狭間

 残る敵は10体。

それだけのはずなのに、広間に漂う圧はなおも重く、喉を焼くようだった。

鎧の奥で光る青白い眼が、雪の帳を透かしてこちらを睨んでいる。


「・・・来るぞ!」

俺が盾を叩き、声を張った瞬間、甲冑どもが一斉に走り出す。


 前衛に出たのは俺と龍神。

雷を纏った刀が疾り、最初の一体の腕を吹き飛ばした。


俺は盾で衝撃を受け止め、その隙に斧を振り下ろす。

甲冑の兜が割れ、黒煙が爆ぜる。


「一体ずつ・・・確実に潰す!」

背後の輝が矢を連射する。矢が閃光を放ち、敵の動きを次々と止めていく。


「・・・あぁもう、硬すぎるっての!」


美羽のハルバードが二体をまとめて薙ぐが、鎧は砕けきらず軋んだ音を立てる。

しかしその隙を逃さず、リャドの爪が背後から首筋を抉った。


「これで・・・2体目だ!」

黒煙が弾け、床に金属片が散る。


 氷と炎の轟音が続いた。

ミアが氷壁を作り、敵を押し返すと、その表面を火炎が駆け抜ける。

瞬間、三体が炎に呑まれ、鎧の隙間から黒い光が漏れた。


「あと・・・5体だ!」

ルファリアが叫ぶ。その横でレイヴェリアとソティアも剣を構え、姉妹で息を合わせて斬りかかる。

銀の刃が閃き、敵の片腕を切り落とした。


「まだ動くのか・・・!」

俺が斧を叩き込むと、崩れかけた鎧がようやく崩れ落ちた。


 残り4体。

だが、そいつらは急に散開し、四方から迫ってきた。


「囲む気か・・・!」


「輝!どれか一体・・・止めれるか!」

俺の声に輝が応え、光の矢を放った。

矢は一体の脚を撃ち抜き、動きを止める。


「助かるぜ!」

俺はそのまま突進し、斧で頭を叩き割った。


 残るは3体だ。

龍神が一閃で1体を真っ二つにし、リャドが2体目の喉を引き裂く。

だが、最後の1体がミアの背後に回り込んでいた。


「──危ない!」

俺は咄嗟に盾を投げた。

金属音が響き、甲冑の腕を弾く。


ミアが振り返り、扇をひらりと舞わせた。

紅炎の刃が奔り、敵を真っ二つにした。




 広間に静寂が戻る。

荒い息が吐息となって雪の白さに混じり、黒煙の匂いだけが残っていた。


「・・・ふぅ。やったか」

盾を拾い上げながら俺は呟いた。


「数の割に、ずいぶん時間を食ったな」

龍神が刀を払う。


「いや・・・あいつら、中途半端でも異形だ。普通の雑魚とは違う」

俺は肩で息をつきながら答えた。


 仲間たちが互いに無事を確かめ合う。

俺たちは、どうにか耐え切ったのだ。

だが・・・胸の奥に、まだざらつく予感が残っていた。


「・・・リュミエール、ミルエラ。早く戻ってこい」

小さく呟きながら、俺は斧を握り直した。

雪の帳は、まだ終わりを告げていない。




 広間に残る黒煙が、ようやく雪の帳に溶けていく。

敵の気配は消えた。だがそれでも、しばらく武器を構えたまま、呼吸を整えるしかなかった。


「・・・くそ、体が重ぇ」

リャドが床に座り込み、爪を振って血とも煙ともつかない黒い染みを振り払う。


「重いのはあんたの体じゃなくて、雰囲気の方じゃない?」


美羽が肩を回し、苦笑を浮かべた。

その笑みすらどこか引きつっていて、本当の安堵には程遠い。


 輝は弓を下ろし、矢筒を確かめていた。

「・・・残り12本。あんまり無駄撃ちはできない」


「私の魔力も・・・正直、もうあまり余裕はない」

ミアが額の汗を拭い、吐息を白く散らす。

それでも扇は手放していない。


 俺は斧を剣と盾へと戻し、壁際に腰を下ろした。

心臓が、まだ戦いのリズムを刻んでいる。

休む・・・というよりは、ただほんの一瞬でも息をつなぐ時間が欲しかった。


「・・・なぁ、姜芽」

龍神が隣に腰を下ろし、低く声をかけてきた。


「ちょっと、無理を背負い込みすぎてないか?リーダーはお前だからな、前に出るのはお前の役目かもしれん・・・だが、俺たちもいるんだ」


「・・・あぁ。わかってる」


そう答えたものの、胸の奥では別の声が囁く。

――もしリュミエールたちが戻らなかったら、どうする?


 雪の帳の向こうに消えた2人と、その同族たち。

俺たちには、彼女たちが必ず戻ると信じるしかない。だが、その「信じる」という行為が、今はひどく心許なかった。


「・・・立ち止まってる暇はなさそうだ」

ルファリアが低く言い、刀を拭う。

「敵があれだけで済む保証はない。少しでも回復したら、動けるようにしておこう」


 一時の休息。

だがそれは、雪嵐の合間に与えられた一瞬の静けさにすぎない。


広間を吹き抜ける冷気が、まるで次の戦いを予告するかのように、俺たちの頬を刺していた。




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