第578話 吹雪に潜む牙
雪煙を裂く風の中で、残る敵たちが吠えた。
槍兵が突きを繰り出し、魔導士たちが震える声で攻撃を紡ぐ。
しかし、その動きはもはや焦りの色を隠せていなかった。
「・・・終わりよ!」
ミルエラが踏み込み、刀を真横に振り抜いた。
槍の穂先ごと切り裂かれた槍兵が驚愕の声をあげる。その瞬間、彼女の刃はもう一度閃き、敵の胸元を深々と貫いた。
雪原に赤が弾け、槍兵は沈黙する。
残る魔導士二人が、恐怖を振り払うように詠唱を加速させた。
闇が渦を巻き、雪の中に黒い奔流が生まれる。
「──下がれ!」
龍神の声が響いた。
だが、リュミエールは一歩も退かない。
彼女は刀を掲げ、低く息を吐いた。
「散れ──[風牙]!」
鋭い風の刃が奔り、闇の奔流を切り裂いた。
圧倒的な斬撃の風が雪原を駆け抜け、二人の魔導士の外套を裂き、杖をへし折り、なお止まらない。
次の瞬間には、その身体ごと切り裂いていた。
二人の断末魔が吹雪にかき消され、黒煙のように崩れ落ちていく。
そして──雪が静かになった。
風に混じるのは、俺たちの荒い息と、血の匂いのみ。
「・・・終わったな」
俺は斧を下ろし、盾を雪に突き立てた。
ミルエラは刀を払って雪を散らし、肩で息をつきながらも口元に笑みを浮かべていた。
「ふぅ・・・やっぱり、やれる」
リュミエールも静かに刀を収め、雪の向こうを睨みながら答える。
「敵は沈んだわ・・・次に進みましょう」
仲間たちはうなずき合い、互いの無事を確かめる。
降り続く雪の下、俺たちは再び歩き出した。
吹雪は途切れることなく降り注ぎ、石造りの回廊と崩れかけた建物の屋根を覆い隠していた。
吹雪とは関係なく、歩くのが辛い。
何しろ、ここは標高5000メートルの場所だ──空気は薄く、ただ息をするだけでも肺が焼けつくように痛む。
寒さと視界は術でごまかせても、空気の薄さだけはどうにもできない。
さっき倒した一隊は、夜会のメンバーの一部でしかない。
ここからさらに奥に、その牙を潜ませている。
「・・・なんか、静かすぎる気がするな」
俺は盾を構え直し、雪に覆われた石畳へと視線を走らせる。
廃墟めいた建物が不気味に並び、窓の奥はどれも闇に沈んでいた。
ミルエラが刀を肩に担ぎ、冗談めかして笑う。
「歓迎が足りないんじゃない?もっと出てくると思ったのに」
「気を抜かないで」
リュミエールが鋭く言い、雪の中に漂う微かな気配を探っていた。
「この空気・・・人の気配が薄すぎる。まるで“消されて”いるみたい」
その瞬間、屋根の上で雪がざらりと崩れ落ちた。
視線を向けると、闇に溶け込むように黒装束の影が数体、音もなくこちらを見下ろしている。
「来るぞ・・・!」
俺の叫びと同時に、影たちは雪煙をまとって一斉に降下した。
彼らは剣や槍ではなく、鋭利な鎌や鞭を手にしている。
あまり見かけることのない武器だが、油断は禁物だ。
ミルエラが踏み込み、刀を抜き放った瞬間、鞭が振るわれて彼女の手首を絡め取る。
「っ・・・!」
「ミルエラ!」
俺は盾を構えて突進し、鞭を剣で断ち切った。
その刹那、背後の建物の扉が軋んで開き、さらに十数人の影が姿を現す。
「包囲されてる・・・!」
吹雪にかき消される声の中、アジト全体が目を覚ましたようにざわめき始めた。
建物の奥から、数え切れぬほどの殺気がこちらへと迫ってくる。
リュミエールが静かに刀を抜き、唇を引き結んだ。
「ここからが本番みたいね!」
俺たちは互いにうなずき合い、迫る闇に向けて武器を構え直した。
雪に覆われた古代の遺跡の中、死闘はまだまだ始まったばかりだった──。




