第573話 小さな白い戦場
石造りの建物の前で、全員が肩で息をしていた。
冷気が肺の奥にまで刺さり、吐き出すたびに白い靄が濃く漂う。
「・・・やっぱり、ただの鍵じゃないな」
ミアが文様を指でなぞり、眉をひそめた。
「この扉には魔法がかかってるけど、対応する鍵はどこかに用意されてるはず」
「となると、アジトの中を探すしかないか」
龍神が刀を鞘に納め、深く息を吐く。
その吐息も荒く、声の端には疲労が滲んでいた。
「それは結構だが、何しろこの環境だ・・・全員で固まって動けば、体力が持たないだろう」
レイヴェリアが低く言った。
大剣を肩にかけた姿も、わずかに重そうに見える。
「分かれて探すしかないな」
一瞬の沈黙。だが、すぐに全員が頷いた。
吹雪の外と違い、ここは建物が並ぶ中庭だ。
いくつかの屋内を調べれば、目的の鍵に辿り着けるかもしれない。
「じゃあ──」
俺は斧を握り直し、指で素早く指示を送る。
「龍神、リュミエール、ソティアは西の建物を頼む。ミルエラとルファリア、レイヴェリアは北。ミアと美羽、リャドは東側だ」
「姜芽と輝はどうするの?」
「俺と輝は・・・ここを拠点にして待機する。見張り役だ。何かあったら、合図をしてくれ」
全員が小さくうなずく。
息苦しさのせいで、声を張るのも難しい。
それぞれが武器を握り直し、冷たい石畳を踏み分けて散っていった。
最初に中へ入ったのは西の棟。
龍神たちは重たい扉を押し開き、暗い廊下へ足を踏み入れる。
高地特有の湿った冷気が室内に溜まり、吐息がさらに白く濃く広がった。
「・・・まるで、冷凍庫みたい」
ソティアが盾を構えながら呟く。
「敵が隠れててもおかしくない、気を抜くな」
龍神が低く返す。
リュミエールは刀を抜いたまま、静かに前を進んだ。
北の棟に入ったレイヴェリアたちは、天井の高い大広間に出た。
壁には古びた旗が垂れ下がり、祭壇のようなものが中央に置かれている。
「・・・儀式の跡か?」
ルファリアが周囲を見渡しながら警戒する。
ミルエラは剣の柄に手をかけ、祭壇に近づいた。
「でも・・・何かある気がする。探してみよう」
一方、東側を調べるミアたちは、崩れかけの塔の中へ。
吹き込む風が石壁の隙間から悲鳴のように鳴り、足元には砕けた石片が散らばっていた。
「・・・嫌な気配がする」
ミアが眉をひそめる。
「鍵があるとしたら、こういう場所の奥かもしれない」
美羽が前に出る。
リャドは黙ったまま、闇の気配を探るように耳を澄ませた。
そして、中庭に残った俺と輝。
遠ざかっていく仲間たちの背を見送りながら、吹雪の音を聞き取ろうと耳を澄ます。
「・・・ここで待ってるのも、結構きついな」
輝が苦笑する。
「ああ・・・動かないと、余計に寒さが骨身に染みるよ」
斧を肩に掛け直し、空を見上げた。
雪は細かく舞い続け、白と闇の境界をぼやかしていた。
中庭は静まり返っていた。
雪の舞う音と、遠くで響く仲間の足音だけが耳に届く。
「・・・妙に静かだな」
俺は低く呟き、斧の柄を握り直した。
輝は弓を構えたまま、目を細めて闇を見渡す。
「・・・姜芽、気をつけろ」
その一瞬後、風を裂く音がした。
俺たちの背後の建物の影から、二つの影が飛び出した。
ひとりは刃を鈍く光らせた剣士。もうひとりは弓を構え、すでに矢をつがえていた。
「来やがったか!」
剣・・・ということは、斧では不利だ。
俺は斧を横にし、柄の少し上あたりにあるレバーを引く。
すると刃の部分がガシャガシャと音を立てて動き、形を変えて柄から離れる。
見る間に、斧は盾と両刃の剣のセットに姿を変える。
炎を宿した白金の剣盾が、雪の中で赤々と光った。
迫る剣士の一撃を盾で弾き、火花を散らす。
重い衝撃が腕に響いたが、踏ん張って剣を押し返す。
「姜芽、輝はあっちをやる!」
輝は叫びつつも、すでに矢を放っていた。
白い軌跡を描いて飛んだ矢は光を弾き、敵の弓兵の矢を叩き落とす。
続けざまに二射、三射と放たれ、鋭い矢が交錯し、石畳にカンカンと弾け散った。
「・・・くそっ、速い!」
敵弓兵が舌打ちする。
その隙に、俺は剣を大きく振り下ろした。
炎を纏った刃が敵剣士を押し返し、盾で叩きつけるように殴りつける。
「ぐっ・・・!」と呻き、敵が後退した。
だが──すぐに反撃が来る。
剣士が切り上げてきた刃を辛うじて盾で受け止めると、同時に弓兵の矢が俺の脇を掠めた。
風切り音が鼓膜を震わせ、頬に冷たい切り傷を刻む。
「・・・今のは、危なかったな」
「姜芽!集中しろ、挟まれる!」
輝の声が飛ぶ。
彼もまた敵弓兵と矢を撃ち合い、互角に渡り合っていた。
矢と矢が空中でぶつかり合い、白い閃光のように散っていく。
「はぁ・・・やれやれ、楽はさせてくれないらしい!」
俺は自嘲気味に叫び、盾を構えて突進した。
火花と矢の閃光が交錯する中庭は、小さな戦場と化していた。
今、ここにいる味方は2人だけだ。
でも、それでもなんとかなる。
いや、してやる。
弓持ちに向かって炎を放ちつつ、横からきた剣士の攻撃をガードした。
今のところ、押されてはいない。このまま、防ぎきってみせる。




