第550話 裏切りの朝
ひとときの安らぎは、思わぬ形で終わりを迎えた。
朝5時過ぎに、突如として一人の女が集落に駆け込んできた。
ピンクっぽい色の鎧を着ていたので、マーディアではなくムーランであることがすぐにわかった。
「隊長!・・・リュミエール隊長は、どこだ!?」
その女は、よく見るとリュミエールの部隊にいたムーランのうちの一人だった。
すぐに後ろで寝ていたリュミエールを起こして会わせると、女はリュミエールの無事を喜びつつ、緊急の報せがあると切り出した。
「大変です・・・!フォンティアが、“月葬の夜会”に襲撃されました!」
リュミエールは、それを聞いてひどく驚いた。
「え!?・・・でも、彼らは私たちに協力すると言っていたはず・・・!」
「それが・・・我らが、マーディアの集落の襲撃に失敗したことを契約違反だと言って、怒っているようです。約束を取り消しにして、お前たちも皆殺しにすると・・・!」
「なんですって・・・!?」
彼女はひどくショックを受けたようだったが、すぐに「わかった、すぐに戻る」と言った。
「信じてた相手が、敵に回るなんて皮肉ね」そうリュミエールは唇を噛んだ。心の奥に、静かな怒りと恐れが芽生えていた。
「フォンティアってなんだ?」
「私たちの集落よ。ここからは結構離れてる。まともに向かえば、3時間はかかる・・・ああ、こんなことしてる場合じゃない!急がなきゃ!」
リュミエールは大慌てで武器を取り、旅立つ準備を始めた。
だが、そこに俺は待ったをかけた。
「3時間かかるって言ったよな。それは、歩いたらの話か?」
「ええ、そうだけど・・・」
「なら、俺たちが協力してやれる」
「えっ?」
俺は彼女に「ちょっとだけ待ってくれ」と告げ、ラスタへ向かう。
そして操縦席で寝ていた輝を叩き起こし、ことの経緯を簡潔に伝えた。
「・・・よくわかんないけど、とりあえずムーランの拠点がピンチなんだな。なら、すぐにラスタを飛ばして助けよう!」
輝はそう言って、発進の準備を始めてくれた。
この素直さと物分りの良さもまた、こいつの魅力だと思う。
そして俺はリュミエールの元に戻り、事情を説明した。
彼女は「え?どういうこと?」と困惑していたが、一刻を争う事態だ。詳しいことは後で話すから、とにかくラスタに乗れと言って、半ば強引に乗ってもらった。
その後俺は、同じく焚き火の周りで寝ていたミアとルファリアも起こし、ラスタに乗れと促した。
ルファリアは最初、主の許しがなければ拠点を離れられないと言ったが、「主がこの立場にいたら、どうしたと思う?」というミアの言葉を聞き、納得してくれた。
ラスタに戻ると、他のみんなも起き出しつつあった。
あのあと猶も起きたようで、まだ寝ていたメンバーを起こして回っていた。
リュミエールたちを連れてリビングに集まっていたら、キョウラが寝ぼけ眼でやってきた。
「・・・姜芽様、一体どうしたんですか?こんな早朝から・・・」
「彼女・・・リュミエールたちの集落が、夜会に襲われたらしくてな。救援に向かうことになったんだ」
「夜会に・・・?」
キョウラは目をこすり、「それは大変。すぐに向かいましょう!」と言ってくれた。
そんな彼女を見て、リュミエールは「寝起きの僧侶なんて、始めて見た・・・」と呟いた。
するとキョウラは、「な・・・何か問題ありますか!?」と照れ隠しに怒った。
彼女としては、寝起きのだらしない顔を人に見られるのが嫌だったのだろう。
・・・リュミエールは異形なのだが。
そんなこんなで、発進の準備は整った。
リュミエールを操縦室に呼び、ムーランの集落の場所を地図に書き込んでもらいつつ、詳しい説明を聞いた。
「私たちの集落は、フォンティアという名前なの。マーディアほどじゃないけど、立派なところよ。・・・じゃなくて、場所はここ」
彼女が印をつけたのは、エルメル東部の山岳地帯の麓だった。
「山の麓にあるのか」
「ええ。それも、背の高い木々に囲まれた林の中。私たちは警戒心が強い種族だから、なるべく安全そうな場所を選んだの」
「ここからの距離は・・・12キロくらいか。これなら、すぐ行ける」
輝は操縦席に座り、ハンドルを握った。
「待ってな、リュミエールさん。すぐに、あんたのお友達をみんな助けてやるぜ!」
そうして、朝日に照らされながら・・・
ラスタは、マーディアの集落を飛び出した。




