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黒界異人伝・異世界英雄譚 -ようこそ、造られた異世界へ-  作者: 明鏡止水
8章・エルメルの戦火

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第549話 命令と、選択と

 焚き火のぱちぱちと弾ける音だけが、静かな空気の中に溶けていた。


ルファリアは木陰で刀を磨き、ミアは火のそばで甘いものをつまんでいる。

俺はといえば、斧を膝に置きながら、ただ夜風に耳を澄ませていた。


 ――どういう話をしてるんだろうか、あの二人は。


マーディアの主と、ムーランの戦姫。

互いに殺し合ってきた歴史を背負い、それでも、今さら話すことがあるのか。


 そんなことを考えていたときだった。


足音が聞こえた。硬い地を踏む、しなやかな音。

それだけで、誰だかすぐにわかった。


リュミエールが、戻ってきた。


 俺たちに背を向けるように、ゆっくりと坂を下りてくるその姿は――どこか、違って見えた。


あの気迫はまだ残っているが、それ以上に、なにかを飲み込んだ人間・・・いや、異形特有の静けさが、そこにあった。


「・・・話は終わったのか?」


 俺が問いかけると、リュミエールは軽くうなずいた。


「ええ。一応ね」


その声は冷たいでもなく、柔らかすぎるわけでもなかった。ただ、“変わった”のだと、俺にはそれだけで分かった。


「で、あいつはなんて?」


「・・・私たちの在り方を、否定はしないと。敵同士であっても」


 リュミエールの言葉に、ルファリアがわずかに眉を動かす。

ミアは菓子を口に入れたまま、じっと彼女を見つめていた。


しばらく沈黙が流れた。


そして、リュミエールは火のそばまで来ると、腰を下ろした。

ついさっきまでのことを思うと、考えられない距離感だ。


「・・・何見てるの?」


「いや、なんとなくな」


「言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいでしょう」


「言ってもいいのか?」


 少しだけ、からかうような口調になった俺に、リュミエールは肩をすくめて見せる。


「・・・まあ、言われなくても何となくわかるけどね」


彼女は火の揺らめきに目を細めたまま、しばらく何も言わなかった。

その横顔は、戦場で剣を交えたときよりも、よほど疲れて見えた。


「それにしても、今日は派手にやってくれたな」


 俺がそう言うと、彼女は眉ひとつ動かさずに答えた。


「任務だったのよ。あの時点では、それ以外の選択肢なんてなかった」


ルファリアの視線が、鋭く火越しに突き刺さる。


「まるで、今は違うみたいな言い方だな」


その声には棘があった。


無理もない。

ルファリアとリュミエール、マーディアとムーランが過去に何度も戦ってきたことは、聞いていた。

たとえ今こうして火を囲んでいようと、積み重ねた因縁が消えるわけじゃない。


 だが、リュミエールはその刺すような言葉にも、ただ静かに応じる。


「違うわ。今の私は、“命令”より、“選択”を重く見ている」


「言うだけなら、誰にでもできる」


「信じろなんて言わないわよ。・・・信じられないでしょうし、実際」


 それを聞いて、ルファリアはわずかに目を細めると、刀を鞘に収めて立ち上がった。


「まあ、今日のところはこのくらいにしておいてやる。寝る」


「ずいぶん寛大なのね。昔のあなたなら、もう一戦仕掛けてきてもおかしくなかったけれど」


「・・・今は“命令”より、“選択”を重く見ているからな」


ルファリアの返しに、リュミエールがくすりと笑った。


 ・・・なんだろうな、この感じ。

さっきまで敵だった奴が火を囲んでいて、その隣にいた女が、どこか少しだけ柔らかくなっている。


俺は斧を置き、薪をくべながら言った。


「で、今さらなんだが、あんた――」


「リュミエールよ」


「そうだったな。リュミエール、あんたはこれから、どうするつもりなんだ?」


 彼女は俺を一瞥し、そして、少し空を見上げた。


空はまだ夜の深い青。けれど、遠く東の方角には、ほんのわずかに、光の気配がある。


「・・・わからない。でも、今すぐここを離れる理由も、なくなった気がしてる」


「それは、主の言葉に心動かされたってことか?」


「・・・あの人は、ただ“受け入れた”だけ。私のことも、ムーランのことも、過去のことも。許したわけじゃない。でも、切り捨ても、しなかった」


 リュミエールはそう言って、ふっと微笑んだ。


「正直、ずるいと思う。・・・ああやって、全部をそのまま見つめて、“あなたはあなたのままでいい”なんて、言えるなんて」


俺は、黙ってその言葉を聞いていた。

リュミエールが口を閉じ、しばしの沈黙。

ミアが、そっと菓子を差し出す。


「これ、食べる?」


 思わず吹き出しそうになった。

さすがだな、ミアは。


「・・・甘いのは、ちょっと」


そう言いつつも、リュミエールは菓子を一つ、手に取って口に運ぶ。


しばらくもぐもぐと咀嚼して――


「・・・悪くないわね」


ミアが満足げにうなずいた。



 焚き火の明かりが、夜の静寂に包まれて揺れている。


新しい一日が、近づいている気がした。

少なくとも、誰かの選択が何かを変えたのは確かだった。




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