第544話 陽だまりとスイーツと
朝。
マーディアの集落は、変わらず穏やかだった。
塔での戦いから三日。救出した人々は、治療とサポートの甲斐あってだいぶ落ち着いてきた。
マーディアたちも、彼らのサポートを頑張ってくれている。今は、俺たちの軍のメンバーも混じっての炊き出しや衣類の手配が進んでいる。
ルファリアたち三姉妹は集落の警備やら、主の手伝いやらに忙しく、煌汰とリャドは周辺の見回りに出ている。
はなは、キョウラと共に難民の子どもたちに剣を教えていた。
その理由は、はなは「生き残るために必要だからね」といい、キョウラは「自衛のために必要ですから」と言っていた。
二人の性格が何となく垣間見れる答えであった。
そして──俺は今、拠点ラスタのキッチン横のテラスで、テーブルいっぱいに広げられたスイーツを、目を丸くして眺めていた。
「・・・それ、誰が食べるんだ?」
「もちろん、私」
元気よく挙手したのは、当然ながらミアだった。
彼女はすでに片手にフォーク、もう片方の手に小さなチョコパイを持っている。
皿の上にはフルーツの乗ったミルクプリンが待機しており、その奥には見事な“ハチミツくるみケーキ”が丸ごと一つ鎮座していた。
「いくらなんでも食べすぎだろ・・・」
「むしろ足りないぐらいだよ。ほら、戦った・・・じゃなくて、ここからの戦いに備えた分の補給!」
そう言いながら、彼女はパイをまるごと口に放り込んだ。
咀嚼3秒、即飲み込み。
「うま・・・っ、次っ!」
その瞬間、ミアの右手が皿の上のプリンへと伸びた。フォークはすでに構えてある。
──ぷるん。
器から震えたプリンが、無慈悲にも吸い込まれていく。
かと思えば、すかさず左手でケーキをちぎり、手づかみで頬張った。
「・・・戦場よりすごい勢いだな」
「脳が甘味を欲してるんだもん。これは仕方ないよね!」
隣にいた龍神が、ぽつりと漏らす。
「・・・あいつ、甘いもの食ってるときだけ、オーラが二段階ぐらい上がってないか?」
「俺も思ったよ、それ」
彼と、小さく頷き合った。
するとそこへ、ナイアが帳簿片手にやってきた。
「ミアさん、食べ過ぎると本当に具合悪くなるよ・・・昨日みたいに」
「大丈夫!私は、むしろ食べないとやってらんないから!」
「・・・すごいよね、本当。よくそんなに甘いものばっかり食べられるわね」
「私にとって、甘いものは光であり、生き甲斐そのものだからね!」
反論の余地すら与えない力強さだった。
──まあ、元気ならいいか。
ミアがスイーツを詰め込む光景を見ていると、俺たちがこうして無事に戻ってこられたことを、改めて実感する。
仲間たちの声、集落のざわめき、風に揺れる洗濯物の匂い。
この“日常”こそが、守るべきものなんだと──今、心から思えた。
「なあ、ミア。食べたら、少しは休めよ?」
「もちろん。休憩も一つの甘味だからね!」
彼女の笑顔が、空に向かって伸びる。
その頬には、ホイップクリームのかけらが、こっそり付いていた。
「・・・ふう、ごちそうさま!」
大量のスイーツを食べ終わったミアは、口の周りを拭いて去っていった。
おそらくは、自室に戻っていったのだろう。
ナイアはため息をつきつつ、彼女の残していった皿やらゴミやらを片付けた。
その様子を見ていた龍神が、ぽつりと呟いた。
「あいつ・・・大丈夫かよ?」
その言葉は・・・まあ、ミアの食欲にドン引く意味だったのだろう。
俺は苦笑いしながら、「まあ、大丈夫だろうさ」と答えた。
「だといいんだがな・・・」
この時、俺は・・・ちょっとだけ、彼の言葉に含みがあるように感じた。




