第533話 灰の塔と黒の影
エルメルの荒野を、東へと進む。
道という道はすでに消え、かつては農地だったらしき乾いた大地を踏みしめながら、俺たちは寡黙に歩みを進めていた。
空は灰に近く、吹きすさぶ風はどこか、砂混じりの匂いを運んでくる。
「あの木、幹が割れてる・・・斬られた跡だな」
リャドが立ち止まり、朽ちた樹木を見上げる。
幹に残された傷は、鋭利な刃物によるもの。何者かが通った証だ。
「夜会か、ラフトレンジャーの連中だろう。塔へのルートを“掃除”したのかもしれない」
ルファリアが鋭く答える。
その声には、わずかに警戒が滲んでいた。
彼女が言うには、ラフトレンジャー及び夜会の者たちはこの辺り一帯を巡回しており、拠点から半日ほど進んだ辺りから、特に出没頻度が高くなるという。
その予告は、そう間を置かずして現実となる。
乾いた地面を踏む足音。低い掛け声。──物陰から現れたのは、暗い色をした軽装の服に身を包んだ十数人の影。
それぞれが短剣や剣を持っており、いかにも盗賊という感じだ。
「話に聞いてた通りの顔ぶれだな。美人な女も三人いるし・・・こりゃ、たっぷり稼げそうだ」
どうやら、ルファリアたちにさっそく目をつけたようだ。
こいつらがどこまでの実力を持ってるのか、知らないが・・・いかにも盗賊、山賊って感じだ。
「ラフトレンジャー。名前は聞いてたが、中身はただの盗賊か?」
龍神の問いに、先頭の男が鼻で笑う。
「言ってくれるな。けどな、おれたちは“夜会”から直接任されてんだよ。おまえらを通すな、ってな」
その時、ルファリアが一歩前に出た。
鞘から抜かれた“月下美人”が、白銀の光を反射する。気配が、空気ごと斬り裂くように鋭くなる。
「任務で動いているのなら・・・問答無用、ということだな」
「へえ、お前さん刀使いか・・・おまえら、構えろ!」
敵の叫びとともに、乱戦が始まった。
先陣を切ったのはリャドと沙妃だ。
どちらも短剣を構え、一気に敵の懐へと飛び込む。
沙妃の動きは以前より格段に鋭くなっていた。殺意というか、覚悟の色が目に宿っている。
リャドは敵の剣を弾き、刃を交わしつつ膝裏を斬りつける。
その隣では、沙妃がすれ違いざまに一閃を繰り出す。肉を裂く音とともに、敵が崩れ落ちる。
さらにその後方では、輝く氷の壁が展開される。
「いっけえーっ!!」
煌汰が氷の防壁を張り、後方の弓持ちの矢を全て防ぐ。
その直後、後方から亜李華が魔力を叩き込むように氷魔法を放つと、氷柱が雨のように敵の頭上に降り注いだ。
「・・・いい感じに足止めできてるな!」
「ああ・・・今だ!」
ルファリアが地を蹴って飛び出し、刀を振るう。
その一撃は、月光のごとく静かに──そして容赦なく振り下ろされた。
一人、また一人とラフトレンジャーの影が地に伏していく。
「ぐっ・・・うぅっ・・・!」
数名の敵が、煙幕を焚いて撤退を図ろうとする。
「あっと、そうはいかないわよ!」
はなが素早く駆け出し、雷を帯びた剣を振るう。刃は一直線に飛び、敵の足を貫いた。
そこに、ミアが舞うように跳躍して飛び込む。扇を翻しながら敵の攻撃を受け流し、カウンターで吹き飛ばす。
彼女が打ち漏らした敵は俺が相手したのだが、最初の奴には斧の一撃を容易く躱された。
次の奴には命中したが、なぜか血すら飛び散らない。
「へっ、そんなん効かねぇなぁ!」
それで思い出した・・・こいつらは、刀剣か魔法以外の攻撃は通らないんだった。
命中はしてもダメージが通らない、ということは、攻撃を無効化するという感じなのだろうか。
しかも、こいつらはそれを自覚している。
ということは、やはり何か特別な力を受けている・・・ということだろうか?
ナイアも、そんな感じのことを言っていたが。
「・・・塔につくまで、毎回こんななのか?気が抜けないな」
龍神が片手に持った刀を肩に担ぎながら、最後の敵を見下ろす。
「“夜会からの任務”って言ってたな。やっぱりラフトレンジャーも、本格的に夜会の手駒になってるのか・・・」
「数が少なかったのが幸いだったな」
ルファリアが“月下美人”を静かに納める。 だが、その表情は緩んでいない。これが「前哨戦」にすぎないことを理解していたからだ。
塔は、まだ先だ。
灰色の空の下、薄く広がる靄の向こうに──“灰結びの塔”の尖塔が、わずかにその影を覗かせていた。




