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黒界異人伝・異世界英雄譚 -ようこそ、造られた異世界へ-  作者: 明鏡止水
8章・エルメルの戦火

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第530話 甘い命綱

 集落の広場に、暖かな焚き火が灯る。


火のまわりには毛布が敷かれ、難民の子どもたちはマーディアたちに包まれるようにして座っていた。


膝に抱かれて泣いている子もいれば、ミアからもらったドーナツを手に、きょとんとした顔で周囲を見回している子もいた。


 少々意外なことに、ルファリア三姉妹と主以外のマーディアたちは子供が好きなようで、難民の子供たちを見るなり、当分のお世話は任せてほしいと言い出した。


彼らの親は当初、異形に子供を任せていいのかと困惑する者もいたが、彼女たちが知性を持った高位の異形であること、何よりこの集落は彼女たちの集落であることを考え、信頼することにしたようだった。


 すでに陽は落ち、辺りは暗くなっている。

そんな中、焚き火と共に光るのは子供たち、そして彼らの相手をする者たちの笑顔だ。


「この子たち、ずいぶんと飢えてたのね。こんな顔して、甘いものを食べるなんて」


吏廻琉が、子供たちの様子を見て言った。


「彼らは難民ですし、この国の状況からして、安定してまともな食糧を得るのは難しいのでしょう。甘い物となると、なおさら」


キョウラにそう言われ、吏廻琉は納得したようだった。


「そう考えると、ミアさんたちの存在はありがたいわね。現にこうして、沢山の食糧を持ってきてくれているわけだし・・・」


 ミアたち“夜明けの牙”はあちこちに支部があり、そのほとんどで食糧を生産しているという。

そのため牙のメンバー、そして彼らに匿われている人々は、食糧には困らないのだそうだ。


「お菓子はものにもよるけど、割と簡単に作れるんだよね。だから、国内でもそれなりに流通してる。食糧として優秀だと思う・・・少なくとも、衛生的な食べ物ではあるよ」


 物流や経済も夜会に支配されているこの国では、人々は奴らのご機嫌取りをしなければ食っていけない。


それができない者は、辛うじて生きていくことはできても、まともな食べ物にはまずありつけないため、残飯などを漁るか、他者から無理やり奪うしかないという・・・。

なんとも、悲惨な話だ。


 ミアは、焼き菓子を紙袋ごと差し出しながら、ぽつりと呟いた。


「・・・私も、この子たちとそんなに変わらない時期があった。あの頃は・・・お菓子が命綱みたいなもんだったから」


 ドーナツをひと口齧り、頬をふくらませながら笑う。

けれど、その笑みの奥に、何か過去の陰が見えたのは気のせいだろうか。


「ミアは、おれたちの中でも最年少でな。今年やっと、16歳を迎えたところなんだ」


ミアは祈祷師だ。

祈祷師は5年の命を持つそうなので、彼女は80年生きていることになる。


“月葬の夜会”がクーデターを起こし、エルメルの国を崩壊させたのが200年ほど前だから、彼女が生まれた時には、すでにエルメルは国として死んでいたのだろう。


「・・・ってことは、ミアは80歳なのか?信じられんな」


 俺が言うと、ミアは笑って肩をすくめた。


「見た目の年齢は、あなたよりずっと年下だけどね」





「そういえば、何気にミアの過去を聞いたことはあまりなかったな。親の話も、街の話も、詳しくはしなかった」


 リャドが焚き火の向こうからそう言うと、ミアは目を伏せて──それでも、意外なほど軽やかに答えた。


「聞かれても言う気なかったしね。・・・でも今は、大丈夫。あの子たち見てたら・・・なんか、思い出しても平気になった気がして」


ミアが見ていたのは、焚き火の向こうで子どもに絵本を読み聞かせているルファリアの姿だった。

優しく、あたたかく、静かに・・・まるで“母親”のように。


「──私のいた街では、夜会の連中が物流を独占しててね。まともな食糧、特に甘いものは、いわば“命の対価”だった。奴らのために働かなきゃもらえないけど、それは子供には厳しいものばかり。盗めば殴られる。だけど、それでも欲しくて・・・」


 飴の包み紙を指でつまんで、小さくくしゃりと握りつぶす。


「だからね、私は今でもこうして定期的に砂糖を入れて、体を落ち着かせるの。というか、これがなきゃやってられないよ」


「それ、体に悪くないか?」


「それがね、私は意外と大丈夫なの。小さい時から、甘いもの食べてきたからかな」


どれだけ甘味を食べても、体を悪くしない・・・というのは、正直ちょっと羨ましい。

俺だって、甘いものは好きだし。





 数時間後、焚き火の炎も小さくなってきた。

子供たちはすでに寝ており、寝息とミアの飴をなめる音だけが聞こえていた。


「また飴食ってんのか。どんだけ甘党なんだ」


「甘い物は精神の薬なの」


呆れる猶に応え、微笑むミアの目は、少しだけ本気だった。

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