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黒界異人伝・異世界英雄譚 -ようこそ、造られた異世界へ-  作者: 明鏡止水
8章・エルメルの戦火

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第527話 亜流奥義・終彗

 辺りの空気が冷たい鈍色に染まり変わる。

そして──


「っ・・・!」


龍神が膝をつく。鼻から血を垂らしながら、歯を食いしばった。


「な、なんだ・・・身体が、内側から・・・」


「これは・・・ただ、凍結されているのではありません。魂が、“削がれて”います!」


キョウラが、悲鳴にも似た声で叫んだ。


 吏廻琉とリャドが説明してくれたのだが、呪いの霧というものは、肉体ではなく魂そのものに干渉する。

通常の治癒はもちろん、結界の解除も即効性を持たない。


つまり、回復が難しい・・・というか、ほぼできないものなのだという。

ある意味、血の契約よりたちが悪い。


「このままじゃまずい・・・早く、あれを壊さないと・・・!」


 ミアが扇を精密に操って炎を起こし、結界の端にある香炉の一つを狙う。

だが、香炉の周囲には盾のように霧が渦を巻いており、風すら通さない。


「・・・これ、ちょっとしたバリアじゃない・・・!」


「ふふ・・・“香の迷宮”。それが、私の術。あなたたちの感覚、動き、言葉・・・すべて、鈍らせるように調整されているわ」


 ネレイアが静かに言った。

それは、さながら戦場を支配する者の声だった。


「・・・なかなかね。けど、私は引かない!」


レイヴェリアが、なおも進み出る。

呪いの空間に、たった一人で。


「斬るって、決めたんだから。あんたを・・・」


 全身から立ち上がる魔力が、もう一度、剣を包み込む。

傷つきながらも、その瞳は決して折れていない。


「・・・その瞳。やっぱり美しいわ。失わせるには、惜しい」


ネレイアが囁いた。


「だから、壊してから香にする」


 言葉と共に、香炉の鎖が再び動いた。

今度は六方向から、まるで蜘蛛の巣のようにレイヴェリアを包囲していく。


「・・・来なさいよ。私の誇りが、あんたの呪いより強いって、教えてやる」


 その瞬間――


「[疾封・風輪陣]!」


猶の風術が、結界の縁に突破口を作った。

反応したのは、龍神とリャド。


「よっしゃ、今だ!」


「ああ!」


 二人は風の通路を利用し、香炉の一つに一斉に襲いかかった。


「[雷刃・双閃]!」


「[影裂・瞬斬]!」


斬撃と雷撃が香炉の防御を突き破り、ついに一つを破壊する。


 鈍い金属音と共に香炉が砕け散り、結界の一部が明確に弱まった。


「・・・やったか!?」


「いいえ。まだ“五つ”あるわ」


 ネレイアが香炉を掲げ直す。


「でも、あなたたちの足掻きは悪くない。だからこそ、ここで終わらせてあげる」


香炉から放たれた黒煙が、中央に集まり、女の顔の形をとる。


「[死香憑現・骸顕]」


亡者の面を持つ、霧の精のようなものが召喚された。


「・・・なんだ、召喚霊までいるのか!」


リャドが叫ぶ。


「へえ・・・亡霊か。なら、これでどう?」


 レイヴェリアが微笑んだ。

彼女は、大剣を逆手に構え直す。


「“呪い”の中で研がれた剣は、“神すら断つ”・・・ってね」


こちらを見、レイヴェリアはまた笑った。


「もう一つ、奥があるのよ。私の、切り札と呼べるやつが・・・!」


 霧の中で、大剣が淡く輝き始めた。

その光は魔力というより、彼女の“血”に由来するものだった。


「・・・奥義ってのは、あなたたちヒトだけのもんじゃないのよ」


レイヴェリアの髪がふわりと浮かぶ。赤金に近い光を帯び、「妖精」という種としての本性が滲み出る。


「これは・・・模倣?いえ、違うわね。賢い異形がたまにやる・・・異人の文化の再解釈、ってところかしら」


 ネレイアが目を細める。

警戒の色が、その声に滲んでいた。


「ええ、これは元々、あなたたちの“真似事”・・・でもね、ただの猿真似じゃない」


レイヴェリアの足元に、魔法陣とも結界ともつかない光輪が現れる。


「異人と呼ばれるヒトは、必殺技を奥義と呼ぶ。私たち・・・高位の異形はそれにならって、大技を考え、命名した──“亜流奥義”とね」


「名付けて――」


 レイヴェリアの声が低く響く。


「[星殻断嵐・終彗(しゅうすい)]」


その瞬間、空間が凍ったように静止した。

風も、香の煙も、一瞬だけその場に縫い止められたように――。



 刹那、彼女の姿が消えた。


ネレイアが言葉を発する前に、重く、鈍い音が辺りに鳴り響いた。

まるで、星が地に墜ちる音のような。


 次の瞬間、六つの香炉のうち、二つが──一刀の下に砕け散っていた。


「・・・な、に・・・?」


ネレイアが口を開く。

その表情に、初めて“焦り”が混ざった。


 レイヴェリアは、彼女の目前にいた。

巨大な大剣を逆手に構え、だがその刃には一切の霧が絡みつかない。


「その結界は、あんたの命の代わりにはならないわよ」


「・・・っ、そう。ならば!」


ネレイアが香炉を掲げるが、レイヴェリアの剣が閃くほうが早かった。


「亜流奥義の真骨頂、見せてあげる。[星殻断嵐・終彗]――[斬星・追撃刃]!」


 その一言と共に、斬った後に残った軌跡が、さらにもう一つの香炉を切り裂いた。

遅れて爆ぜるように、第三の香炉が粉砕される。


「一振りで、三つ・・・!?ばかな!あれは、そう簡単には!」


ネレイアが後退する。


だが、レイヴェリアも大きく息を吐いた。

額には、大量の汗が浮かんでいる。


異人の扱う奥義を模倣した、というだけはあり、威力は凄かった。

だが、その反動も決して軽くはなかったようだ。


「はっ・・・はは・・・模倣でも、これくらいはやれるのよ。マーディアの、誇りにかけてね」


 香炉は、残り三つ。

結界の強度は目に見えて低下していた。

霧も、今までのように濃密ではなく、ところどころに裂け目が見える。


そして、仲間たちもそれを見逃さなかった。


「いける・・・!レイヴェリアが開いた隙に、こっちも!」


 リャドが再び影から飛び出し、残る香炉の一つへと走る。


「“模倣”を侮ったな、ネレイア!」




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