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黒界異人伝・異世界英雄譚 -ようこそ、造られた異世界へ-  作者: 明鏡止水
8章・エルメルの戦火

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第509話 闇を裂く三重奏

 ゼンの大剣が、蒼く輝く軌跡を描いた。

振り下ろされた一撃が異形──マインドシュルのぬめる体表に直撃し、ぶちぶちと不快な音を立てて肉が裂ける。


黒い液体が飛び散り、甲板に染みを作った。


「効いてる・・・!いけるぞ!」


 俺も斧を振り抜く。

斬りつけた瞬間、手応えのようなものがあった。


マインドシュルの体がぶるんと震え、触手の一本が暴れ回るようにうねった。


「なっ・・・カウンターか!」


 巨大な触手が宙を裂き、俺たちに迫る。

ゼンが身を伏せ、俺は斧の柄で受け止めようとしたが──その前に猶の魔法が風の盾を作り出し、触手の直撃を逸らした。


それでも、俺は若干脇腹を抉られた。

衝撃で体がぐらつき、足元が滑る。


「二人とも、大丈夫か!」


「ああ、少し脇腹をやられたが・・・まだ動ける!」


 一方、後方では煌汰が氷の剣で海賊を次々に薙ぎ払い、リャドが両腕に爪をつけて舞い、後続の奇襲を防いでいた。

ミアは回復の魔法を連発しながら、結界の縁で踏ん張る。


「もう、次から次へと・・・!」


そのミアの隣で、キョウラと吏廻琉は結界を再強化していた。

結界の膜が再び光を取り戻し、闇の侵食が一時的に止まる。


「まずいです・・・このままだと、ラウダスさんの魔力が!」


「そうね・・・姜芽!悪いけど、私たちも限界が近いわ・・・!」


その言葉に、ラウダスは一瞬だけ後ろを見た。

そして静かに目を伏せると、小さくつぶやいた。


「奥の手を使うしかない、か・・・」


彼の背後で、黒い魔法陣のようなものが静かに輝いた。


「ラウダス、何を──」


「僕は、あれに対抗する存在を呼び出したりはできない。でも、対抗するための“闇の型”を借りることはできる!」


 ラウダスの足元に広がった闇の陣から、冷たい風が吹き上がる。

詠唱とともに彼の手から放たれた魔弾は、今までとは比べものにならない速度と密度を持ってマインドシュルへと叩き込まれた。


──が、黒い肉塊に当たる直前、マインドシュルの表面に異様な反応が起きた。


「・・・吸収された?」


「闇は、通じないんでしょ・・・!」


 リトが叫ぶ。その顔は怒りではなく、焦りに満ちていた。

彼女は素早く薙刀を構え、足元の敵を薙ぎ払いながら、ゼンと俺の元へ駆け寄る。


「私も戦う・・・直接、刃で!」


薙刀の刃に、水の流紋が浮かぶ。

それは攻撃ではなく、刀身を強化する術。

あとで聞いたが、水守人特有の術だという。


 リトはそのまま触手の一つに飛びかかり、しなやかな動きで横一文字に斬る。


 ──ぶちっ。


その音とともに、触手が一つ地面に転がった。


「通った!?今の、水属性じゃ・・・」


「違う・・・物理の刃に、“水の流れ”を添えただけ。属性じゃなく、質を変えたの!」


 リトの目が鋭く光る。


「魔法が通じないなら、刃で捌く!」


彼女の動きに勇気づけられ、俺とゼンも叫ぶ。


「よし・・・合わせよう!」


「いくぞ、リト!」


 三人の刃が連動するように振るわれ、マインドシュルの肉を裂いていく。

異形の体が悲鳴のような咆哮を上げ、霧が渦を巻いた。


それとほぼ同時に、船の雑魚敵・・・というか海賊たちはほとんど片付いた。

煌汰たちが大技を連発し、一気に蹴散らしてくれたのだ。


 ──そのとき、海賊の親分が舌打ちしながら叫んだ。


「ちっ、使えねぇやつだ!仕方ねぇ──オレが出てやる!」


その手に、漆黒の刃が出現する。

闇の者との契約──もとい、祈祷師としての本領を見せるつもりなのだろう。


 ラウダスが立ちはだかる。


「来る・・・!あいつ、祈祷師としての“核”を使うつもりだ!」


次なる闘いの火蓋が切られる。

マインドシュルが暴れ、祈祷師の本領が迫り、仲間たちは互いの武器と心を信じて立ち向かう。


 夜のような暗闇の中で、希望だけが刃となる。




 祈祷師の頭目が、狂気を湛えた笑みを浮かべて一歩踏み出した。


その背に、闇の瘴気が集まりはじめる。マインドシュルの霧が、まるで意志を持つかのように頭目に吸い寄せられ、身体を包み込んでいく。


 ずるり、と、頭目の背から黒く歪んだ羽根のようなものが生える。 そして、その瞳が禍々しい紫に染まった。


「な・・・『半融合体』!異形の力を、取り込んだ・・・!」


ラウダスの声が震える。

祈祷師──いや、もはや単なる異形と化した男が、音もなく前に出た。


 一閃が走り、空気が裂けるような速さで、黒刃が煌汰を襲う。


「──ッ!」


ガードが間に合わない・・・誰もがそう思った瞬間、風の奔流が間を裂いた。

猶の投げた短剣が、黒刃と煌汰の間に飛び込み、瞬間的な隙を作った。


「っ・・・!助かった!」


 煌汰は即座に体勢を立て直し、剣で反撃する。 しかしボスの肉体は、半ば異形と化したせいか、打撃を受けても揺るがない。


「ぐへへ!効かねぇな、それぐらいじゃあ!」


こいつ、こんなになっても喋れるのか。


祈祷師の一撃が煌汰の胸元に入る。だが──


「こっちだって・・・!」


 煌汰の盾に輝く結晶が現れたかと思うと、爆発的な氷の衝撃が広がる。 一瞬、祈祷師の動きが鈍る。


そこに、リャドが滑り込んだ。


「隙ができた・・・!」


 リャドの爪が、ボスの左腕を切り裂く。

血が噴き出し、ボスは舌打ちした。


「っ・・・てめぇ・・・!」


 だが、隙は連鎖していく。

ミアの癒しが煌汰に届き、彼はすぐに復帰。ゼンが再び大剣を構え、俺はその脇に立った。


「ゼン、同時にいくぞ」


「ああ!」


──重さと速さを同時にぶつける。

俺たちの連撃が、ボスの胸へと迫った。


 だが、その瞬間。


「──[影転界]!」


ボスが唱えたその言葉とともに、空間が揺れる。


影が地面から立ち上がり、まるで別世界のような暗黒の結界が展開された。

空も、風も、音もすべてが闇に沈む。


「・・・これは、結界内の時間と・・・感覚を歪める術だ・・・!こいつ、本当に祈祷師の“核”を・・・!」


 ラウダスが警告する声も、闇に呑まれるように弱くなる。

俺たちは視界も距離感も奪われ、まるで水中にでもいるような感覚に襲われた。


──そんな中、リトの声が響いた。


「大丈夫!この結界、中心はまだ見えてる! あいつを叩けば、破れるはず!」


 彼女の言葉に、俺とゼンは頷く。

リトが斬り開いた視界の先に、ボスの影が見える。


「・・・じゃあ、突っ切るぞ」


「任せろ」


俺たちは走った。ゼンの大剣が闇の中に青い光を放ち、俺の斧が風を裂く。


 ボスが再び闇を纏って立ちはだかる。  だがその時、キョウラと吏廻琉の結界が一斉に光を放った。


「──[浄光陣]!」


船を覆う結界が、闇の結界に割って入る。  薄氷のように繊細な光だが、それは確かに暗黒の空間を裂いた。


視界が戻る。 空気が動き、音が戻る。


「・・・やった!」


 ボスの顔がわずかに歪んだ。

そこに、俺とゼンの同時攻撃が襲いかかる。


「──くらえっ!!」


大剣と斧が、同時にボスの胸を貫いた。



 暗黒の霧が爆ぜ、頭目の身体が吹き飛ぶ。

異形ことマインドシュルが、それに呼応するように咆哮を上げたが──その体も、霧のように崩れ落ちていく。


「・・・融合が切れた!」


「やった、のか・・・?」


俺たちは息を切らしながら、甲板に立ち尽くす。


敵の気配は、もうなかった。

異形の霧は消え、海賊船は崩れて海に沈んでいき、ボスも異形ごと消滅した。


 ──夜のような闇の中で戦った、俺たちの勝利だった。


船は軋みを上げながらも、無事だった。  キョウラと吏廻琉は崩れ落ちそうになりながらも結界を解き、ミアが癒しの光を全員に向ける。


「・・・終わった、な」


「ああ、なんとかね」


 全身を覆う魔力を消し、ラウダスはため息をついた。


「やっぱり、これをやるのは消費がきついな・・・」


なんだか、やけに消耗していた。



 その時、俺はようやく気がついた。

ボスとの戦いで、こちらが大してダメージを受けなかったのは、ラウダスが見えない結界を展開し、守ってくれていたからなのだと。


「ラウダス・・・すまなかったな」


「いいんだ。・・・しかし、少し休ませてほしい」


彼は、若干ふらつきながら船内に戻っていった。


「・・・俺たちも休もう。見張りは、他の連中にしてもらえばいい」


 ゼンに言われるまでもなく、俺たちにはしばしの休憩が必要である。

ラスタにいる適当なメンバーにあとを任せ、今回戦ったメンバーは休むことにした。

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