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黒界異人伝・異世界英雄譚 -ようこそ、造られた異世界へ-  作者: 明鏡止水
8章・エルメルの戦火

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第504話 包囲の夜

 ひとまず上に戻ろうということになり、階段を上がった、その瞬間だった。 


「・・・待て、足音がする」

ゼンが静かに声を落とした。


俺たちはすぐに立ち止まり、武器に手をかける。

階段の先、わずかに開いた扉の向こうから、複数の気配が近づいてくるのがわかった。


重たい足取りではない。軽く、だが訓練された足取り――それは敵のものだ。


「来るぞ」


 ゼンの一声の直後、扉が破壊された。


がらん、と音がして、土埃の向こうから数人の男たちが現れる。顔に布を巻き、乱暴な手つきで斧やナイフを振るう。中には短杖を握る者もいる。


「全員、構えろ!」


 俺は斧を構え、それを変形させて剣とする。鋭い火花が、柄から放たれた。


「どけっ!」


一人が勢いよく突っ込んできたが、剣でその腹部を払う。火の奔流が閃き、男は吹き飛んだ。


 ミアは扇を振るい、荒れ狂う炎のような水を巻き起こして敵の目を晦ませる。リャドが獣のような俊敏さで間を突き、爪で一人ずつ確実に仕留めていく。


「こいつら・・・なんか手慣れてないか!?」


「そりゃそうだ。こいつらはただの盗賊じゃない」


敵の最後の一人を斬り伏せ、息を整えながらゼンが言った。


「――ラフトレンジャー。盗賊団だが、『月葬の夜会』と組んで好き勝手やってる連中だ」


「盗賊が、夜会と?」


「・・・というか、もはや癒着ってレベルじゃない。実質、夜会の外部戦力みたいなもんさ。支配地域を荒らし回って、金になるものとか食料、女や子どもまで攫っていくんだ」


 ゼンの表情が険しくなる。


「こいつらが来たってことは・・・場所がバレてた可能性がある。長居はできん。すぐに拠点を変えよう」


肩で息をしながらも、彼の視線は油断なく扉の先を睨んでいる。

リャドも、血に濡れた爪を払うように振り、静かに言った。


「・・・あれは偵察部隊だ。斥候(せっこう)ってやつ。まだ、奥にいるぞ」


 その声に、全員が一斉に振り返る。


確かに、扉の向こう――外気の差す廃道の先から、まだ別の気配があった。だが、一瞬で消える。まるで影が風に溶けるように。


「見えたのか?」


「いや――感じた。闇に溶ける術を使ってたな。おれと同じ“夜”の匂いがした」


 リャドの言葉に、俺は息をのんだ。

・・・これは、偶然なんかじゃない。完全にこちらの動きを読まれてる。


「まずいな・・・」


ゼンが小さく呟いたその瞬間、空気が――凍りついた。


いや、比喩じゃない。床の石が、実際に白く霜を帯びていた。


「・・・ゼン?」


「ああ、ちょっと冷ましておかないとと思ってな」


 ゼンの周囲に、白い靄が広がっていた。彼の異能は[崩撃]といい、本来は破壊の力を一点に集中するものらしい・・・が、彼の氷属性が加わることで、その一撃に「凍結」と「粉砕」を同時にもたらす。


「気配を追っても意味はない。どうせまた来る。だが次は――逃がさん」


ゼンが大剣の刃先を氷で包み込み、床に叩きつけた。

バゴンッ、と鈍い音が響くと、床に散っていた血痕すら一瞬で凍りつく。


・・・その場の空気ごと、戦場が「支配」されたような感覚だった。


 対照的に、リャドは音もなく後方に下がり、闇の中へと溶けていく。


「おれが先行する。位置が割れた以上、移動中も奇襲はある。外周から見ておく」


「・・・頼む」


リャドはすぐに気配を絶ち、廃墟の影にまぎれて姿を消した。

彼は闇属性で、異能は[刃走]。壁や天井などを高速で、足音を立てずに移動することができるという。


 俺は深く息を吸い、変形させた剣を斧の形に戻す。


「・・・俺たちも、動こう」


崩れかけた階段を上がり、冷たい空気の中、仲間たちと共に新たな拠点を目指して歩き出した。


心のどこかでは分かっていた――この戦いは、まだ始まったばかりだと。




 外はすでに夜だった。

空に星はない。代わりに、うっすらと濁った雲が空を覆っていて、まるでこの国の行く末を映しているみたいだった。


 廃墟の裏道を抜け、俺たちは静かに、だが急ぎ足で歩く。ゼンが前を、ミアが後方を、俺とキョウラが中央を進み、リャドは――いない。


さっきから一度も姿を見せていないが、それが奴の仕事だ。


背後を任せられるというのは、ありがたい。だが、同時に嫌な予感もする。


「・・・さっきの奴ら、斥候だったなら、次は本隊が来るかもしれないな」


 俺のつぶやきに、ゼンが頷いた。


「そう思っておけ。ラフトレンジャーは、動くときは一気に来る」


「・・・。奴ら、癒着ってレベルじゃないよな」

突如、猶が愚痴るように言った。


「もはや“管理”だよ。『月葬の夜会』にとっては、手の届かないところの“治安維持”を任せてるようなもんだ。・・・まあ、やってることは盗賊そのものだがな」


その時だった。

カンッ、と硬い音が鳴った。

すぐ後ろ――ミアの方から。


「・・・来た!」


 ミアが扇を広げ、即座に水流を展開する。ぶわっと霧のように水が広がり、その熱を帯びた気流が、敵の姿を浮かび上がらせた。

霧の中、二人、三人・・・いや、もっといる。


「・・・囲まれてます!こいつら、上からも――!」


キョウラが叫んだ瞬間、上の建物の屋根から男が飛び降りてきた。だが、落ちてきた影は、着地寸前でぐしゃりと崩れた。


「悪いな。先回りしてた」


 リャドだった。屋根の上からぬるりと現れ、返り血を飛ばす。


「数は十人以上。分断が目的だ。後ろの通路は塞がれてる。突き抜けるしかなさそうだ」


「ゼン!」


「ああ――やるしかないな!」


 ゼンが大剣を振り上げ、刃に冷気を纏わせた。そして異能、[崩撃]が発動する。

空気が一気に沈む。氷の結界のようなものが大地に走り、敵の前衛を一瞬で凍らせる。


その瞬間を逃さず、俺は斧を変形させて剣にした。


「──燃えろ!」


炎が一気に剣を包む。俺の熱とゼンの冷気が交差し、凍りついた敵兵をまとめて焼き砕いた。蒸気が一気に上がり、視界が真っ白になる。


 その中から、ミアの声が響く。


「奥義 [濤炎水蛇]!」


しぶきのような水流が地を這い、逃げる敵兵の足元を切り裂く。高温の水が、まるで火炎のように敵の悲鳴を上げさせる。


「・・・これならいける、抜けられるぞ!」


 リャドが先頭を駆け、俺たちは一気に敵の包囲を突き破る。

駆け抜ける途中、俺の剣がまた一人を焼き払い、ゼンの大剣が壁ごと敵を叩き潰した。



――こうして、俺たちは辛くも包囲を抜けた。

だがその直後、キョウラが振り返り、わずかに顔を強張らせた。


「・・・追ってきていません。でも、魔力の流れがおかしいです」


「どういうことだ?」


「見えない“何か”が・・・ずっとこちらを見ています。さっきから、ずっと」


 俺は、手にした剣を強く握った。

キョウラの予感は、気のせいじゃない。これから先、もっと厄介なのが来る。


――肌が、魂が、そう叫んでいた。



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