第503話 崩れた国の話
「『月葬の夜会』・・・か。あれ、確か暗殺組織って言ってたよな?」
俺は、確認するように言った。
「ああ、そうだ」
「で、その組織がクーデターを起こして、国を乗っ取った、んだよな。そんなことができるのか?暗殺組織に?」
すると、ゼンはふーっと息を吐いた。
「できたから、今この国はこんな状況になってるんだ。・・・奴らは、そこらの殺し屋の集団とはわけが違う。幹部はみんな高位の異人で、その数も多いからな。下手な国の軍隊より強大な集団だ」
軍隊より強い・・・ってのは誇張であるようにも感じてしまうが、なぜかそうだと確信することはできなかった。
「俺はクーデターが起きるちょっと前にこの国にいたんだが、今よりはるかにまともな国だった。こんなめちゃくちゃな国になったのは、クーデターの後だ」
200年ほど前に『月葬の夜会』によるクーデターが起こったが、猶はその直前の時期にエルメルを訪れていた。
その際に国中を一通り見て回ったが、至って普通の、平和な国であったという。
「奴らがなぜクーデターを起こし、国を乗っ取ったのかはわからない。だが・・・俺は奴らの私利私欲でやったことだと思ってる」
ゼンは拳を握りしめた。
「少なくとも、王家に代わってこの国をまともに治める気はなかった。だから、こんなことに・・・!」
そこで、キョウラが尋ねた。
「あの・・・失礼ながら、結局この国は今、どのような状況なのですか?」
そして、ゼンと猶は語った・・・この国が、いかに異様な状態であるかを。
この国は、一言で言うなら「崩壊国家」、つまり国家としての体を成してすらいないのである。
事実上『月葬の夜会』の支配下にあるわけだが、ゼンが怒った通り、彼らはまともな統治はしていない。
王族を取りつぶしはしたが、それまで王族が行ってきた国の政府としての機能の引き継ぎはほとんどしていない。
そのため、実質的に今のエルメルには政府と呼べるものがないのだ。
国の行政の機能は完全に止まっており、国民の出生や死亡、国境の管理などはろくにされていない。
国民の身分証明もあってないようなもので、ある人物に注目した際、その人物がエルメルの出身であるか否かを確認することもできない状況になっている。
国として機能していないため税金や防衛の概念もなく、財政なんてものはないし、正式な軍隊というものもない。
教育や医療といった制度もないため、魔法種族でありながら読み書きも魔法の使用もできない者がざらにおり、怪我や深刻な病気で若くして命を落とす者が後を絶たない。
国内にはいくつかの町や村が存在するが、こちらは各地に存在する『月葬の夜会』のメンバーによって治められている。
とはいえ、それらは暗殺組織の一員。基本的に統治とは名ばかりで、私利私欲のために領民たちを利用し、虐げ、苦しめている。
当然の如く、資金や物資はそれらの者たちが独占しているため、一般の人々は常に貧困に喘いでいる。
栄養失調による死、つまり餓死が国中で頻繁に起きているほどだという。
そしてまあこれも当然と言えるが、国全体の治安が恐ろしく悪い。
今のエルメルには、なんと『月葬の夜会』と癒着している盗賊の組織がはびこっており、好き勝手している。
そうでなくても国全体が貧しいため、一般の国民が盗みや略奪を行うことも珍しくない。そして、誰もそれに文句をつけられない。
この国に法律なんてものはないし、あったとしてもそれを遵守させる組織がないのだ。
それらの話を聞き終わった時、キョウラはまさしく「絶望」したような顔をした。
だが、そんな彼女の肩に猶が手を置いた。
「心配ないさ。今はどうにもならないが・・・そのうち、必ず転機が訪れる」
「そうでしょうか・・・」
「ああ。時間はかかるだろうが、必ずエルメルは復活する。いや・・・復活させてやろうぜ?俺たちの手でな!」
キョウラははっとし、そして力強く頷いた。
そう言ってもらえると嬉しいな、とゼンが言った。
「俺たちが『夜明けの牙』という組織なのは言ったよな?俺たちは、エルメル各所で活動するレジスタンス集団なんだ。目的は、もちろん『月葬の夜会』を壊滅させることだ」
彼ら『夜明けの牙』がレジスタンス集団であるのは、猶も言っていた。
そういうことなら、協力しない手はない。
「それなら、喜んで協力させてもらおう」
「助かる。このあたりの団員は、もう俺たち3人しかいないからな」
そこで、ゼンとミアとあともう一人、3人目の男の名前を聞いていなかったことを思い出した。
聞いたところ、彼はリャドというらしい。
ついでに聞いたのだが、種族は全員祈祷師で、武器はゼンが大剣、ミアが扇、リャドが爪だという。
爪とは手に嵌める武器の爪で、それをメインとするということはつまり彼は体術を得意とするのだろう。
「以前は、他にも何人かいたんだが・・・みんな死んじまった。『月葬の夜会』との戦いは厳しいものだ。けど、おれたちは諦めねえ。上にいる、普通の人たちのためにも」
彼の言葉には、ただならぬ熱がこもっていた。




