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黒界異人伝・異世界英雄譚 -ようこそ、造られた異世界へ-  作者: 明鏡止水
8章・エルメルの戦火

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第502話 消された民、遺された灯

 ゼンの後に続いて、俺たちはラスタを降りた。


赤黒く染まった大地に、風が鳴いている。

吹きつけてくる空気は乾いていて、どこか焦げたような匂いがした。


「・・・この先に“集落”がある」

ゼンが短く言う。


集落とはいっても、俺たちが想像するような穏やかな村ではないだろう。リアンナの横顔も険しい。


「かつては検問基地だった場所だ。今は廃墟だが、俺たちがそこを“再利用”してる」


 数分歩いたところで、地面に亀裂が走り、瓦礫が山のように崩れた区画が見えてきた。壁にかろうじて残る鉄製の柵や、焼け焦げた警戒標識が、ここが軍属だったことを物語っている。


「・・・もう、こんなに」


 キョウラが小さくつぶやいた。


「二年前に焼かれた街だ。住んでいた者たちの痕跡は、ほとんど残っていない」


ゼンがそう言いながら、集落の奥へと進んでいく。やがて、ひとつの建物の前で足を止めた。


外壁には無数の修復痕がある。だが、中からは人の気配がした。子どもの声、小さな話し声、食器が触れ合う音。


「・・・生き残りか?」


「いや、“目覚めた者”たちだ。逃げ場をなくした者、家族に拒絶された者、捕まる寸前で助け出された者・・・いろんな奴がいる」


 ゼンは扉に手をかけた。


「彼らは戦えない。俺たちが、守ってやらねばならない。だからこそ、俺たちはここを“砦”と呼んでいる」


扉の中には、確かに「人の営み」があった。


決して裕福でも、快適でもない。けれど、誰もが生きるために手を動かし、支え合っていた。


 ミアが、俺の袖を引く。


「・・・これが、“夜明けの牙”の本当の姿」


リアンナが息を呑む。

キョウラもまた、言葉なく、周囲を見渡していた。


「希望って・・・こんな風に、残るんだね」


ミアの声は小さかったが、その震えは消えていた。

まるで、足元に灯る焔を見つけたかのように。


 そのとき、奥からひとりの老人が近づいてきた。腰は曲がっているが、瞳は鋭い。


「ゼン、もしやこの者たちが・・・?」


「ああ。話を通しておいてくれ。俺たちは今夜、打ち合わせがある。大事な作戦の話だ」


老人は短く頷き、俺たちに一礼した。


「歓迎する。・・・希望を捨てずに来た者たちを、我らは拒まない」


まるで、試されているような言葉だった。


 だが俺は、うなずいた。

これだけの意志が集まっている場所を、初めて見た気がした。


「・・・それで、見せたいものってのは?」


問いかけると、ゼンは無言で階段を指差した。


「地下にある。俺たちがこれまでに集めてきた“証拠”だ。奴らが何をしてきたか、そのすべてが詰まってる」


 階段の奥は、闇に沈んでいた。


俺たちは、そこへと足を踏み出した。

過去の罪と、未来の炎を知るために。




 地下階段を下りていくにつれ、空気が変わった。

湿り気を帯びた石の匂いに、ほんのわずかな血の鉄臭さが混じる。


リアンナの足が止まる。

キョウラが、ミアの肩を支えた。

俺は息を吐き、先を急ぐゼンの背を追う。


「・・・本来は軍の備蓄庫だった地下だ。今は、記録と証拠、そして――遺されたものたちの眠る場所になっている」


 数段の階段を下りきった先、冷たい空気が肌を刺す。

そこには、巨大な空間があった。


金属棚が整然と並び、奥には封印された黒鉄の扉。壁には古びた地図や、記録用の端末が並んでいた。


 だが、最初に目を奪われたのは――その中央に安置された、無数の遺骨だった。

人の形が保たれているものもあれば、白く乾いた骨となって積まれているだけのものもある。


傍らには名前を記した石板、破れた制服、ぬいぐるみ、小さな靴。

それらすべてが、かつて「誰か」だったことを証明していた。


「・・・これが、“月葬の夜会”のしたことか」


 俺は呟いた。

ゼンは無言のまま、中央にあるひとつのガラスケースを開いた。


中にあったのは、焼け焦げた王国発行の許可証。

職員の身元を示しているらしい、IDチップのような魔法石。


そして、ひとりの子どもが書いたと思しき、震える文字で綴られたメモだった。


『こわい。おかあさんがいない。たすけて。へいしさんがこわい。』




「これは……」


「“夜会”が最初に動き始めたのは、王国上層部の人間の一斉失踪事件だった。同時期、都市部で市民の“消失”が始まった。表向きは災害や暴動の犠牲者として処理されたが――実際は違う」


 ゼンの瞳は冷たく、静かだった。


「彼らは“血統の選別”と称して、魔力の低い人間や、遺伝的に“異常”と見なされた者を排除していた。障害を持つ子ども、混血者、孤児、病弱な者、王家に反する思想を持った者・・・それらが数千人単位で消された。この集落の地下に残っているのは、その一部だ」


 キョウラが、膝をついた。

白い手が、そっとひとつの遺骨に触れる。


「・・・罪もない子どもまで。どうして・・・どうして、こんな・・・!」


「“月葬の夜会”は国家を乗っ取ったんじゃない。“作り変えた”んだ。自分たちに都合のいい、恐怖と沈黙だけで支配される王国に」


 キョウラが歯を噛み締める音が聞こえる。


「こんなこと、許されるものですか・・・!」


ミアは黙って、ひとつのぬいぐるみを抱き上げていた。焼け焦げ、片目が失われたそれを、そっと胸に当てる。


「命の灯火が、こんなに・・・」


 ゼンは立ち上がり、奥の扉に向かう。


「まだある。記録だ。音声、映像、文書・・・奴らが自ら残したものもある。民衆に“何が起きたのか”を知らしめるには、証拠が要る。この国を変えるために、過去を突きつけなきゃならない」


奥の扉が、軋むように開いた。

その先にあるのは――闇の記録。

そして、俺たちの心に刻まれる怒りと、誓い。


「・・・絶対に、止める」


 俺はそう呟いた。

亡骸の声が、俺たちの背を押していた。

この国を焼いた闇を、俺たちは終わらせなければならない。



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