第499話 最後の国へ
聞き覚えのある声で、目が覚めた。
それでまず目に入ってきたのは、猶とキョウラの顔だった。
二人は、俺と目が合うや否や歓喜の声を上げた。
特にキョウラは、文字通り「泣いて」喜んだ。
「姜芽様・・・!ああ、よかった・・・本当に、本当によかったです・・・!」
「姜芽・・・!目が覚めたんだな、よかった!」
「・・・ここは?」
「ラーディーの兵士の詰め所だ。首を切られたお前を、フランネと一緒にここに連れてきたんだ」
詳しく聞いたところ、首を撥ねられた俺の体はフランネの魔法で特殊な結界に包まれ、保護された。そのままラーディーに帰還し、首を繋げて術をかけられた後、ここに連れてこられたのだという。
「正直、葬式を出すのかと思ったんだが・・・フランネが蘇るかもしれないってんで、術をかけてここに安置してたんだ。首を落とされたのに大丈夫か?と思ってたけど、本当にうまくいくとはな」
「私は信じてました。地方英雄様なら、きっとやってくれると・・・」
キョウラは、改めて俺を見てきた。
「よかったです、姜芽様。帰ってきてくれて・・・」
俺は、彼女に抱きしめられた。
まるで、恋人のように。
「おやおや、ずいぶんと熱い展開になってるねえ?」
扉が開き、フランネが出てきた。
「フランネ。・・・あんたが、俺を呼び戻してくれたのか?」
「んー、ちょっと違うかね。私の力だけじゃ、あんたを呼び戻すことはできなかった。あんたが、『生きたい』って思ったからさ」
「俺が?」
「そうだ。私があんたに使った術は、対象が本当の意味で生きることを望まないと成功しない、っていう制約があった。だからあんたは、結果的に自分で自分を助けたのさ」
自分で自分を助けた・・・か。なんか、複雑な気持ちだ。
「・・・そうだ、あいつは?あいつとの戦いはどうなった!?」
「ヒナ・タグラスのことか?あいつは、私たちみんなでかかってなんとか倒したよ」
フランネがそう言うと、猶が唸った。
「けどな、こっちもかなり痛手を負ったんだ。みんな思いっきり消耗したし、回復だって消費した。もちろん、回復担当の修道士さんたちもな」
すると、キョウラがあっ、と声を出した。
「それについては、もう大丈夫です。確かに、傷ついた皆さんを治療するのはちょっと大変でしたが、お母様たちが助けてくれましたし」
皆があのヒナ・タグラスとの戦いで受けた傷は、フランネの術と、キョウラが言う“お母様たち”──つまり、吏廻琉と苺。彼女たちの協力で、どうにか治療されたらしい。
「皆さん、かなりのダメージを負っておられました」
キョウラは声の調子を落とす。
「私は参加しませんでしたが、今回の敵は、正直言って地方英雄並みに強かったと思います。何より・・・戦った方全員に、 ”残渣”を残していきました」
「残渣?・・・呪いみたいなもんか?」
猶が眉をひそめ、フランネは肩をすくめた。
「まあ、ある意味似たようなもんだね。でも安心しな、私とこの子で解いておいた。もう、誰も死にはしない」
ということは、方っておけば死ぬようなものだったのか。
「問題は、なぜあいつまでもが目覚めたのかってことなんだ」
その言葉に、皆が黙った。
今回俺たちの前に相次いで現れた、ボルドー卿、アークトゥルス、ヒナ・タグラスは、いずれもはるか遠い昔に封印され、もう出てこないはずの存在だった。
それらの封印が、なぜ今になって破られたのか。
フランネは、その疑問を口にした。
「・・・誰かが、わざと封印を解いたってことか?」
俺の問いにフランネは答えず、ただ静かに視線を落とした。彼女の手の中で、小さな魔法陣の欠片が淡く光っていた。
「それは分からない。けど・・・気になることがある。あんたが落ちた後、私たちはあいつと戦ったんだが、その途中で魔法陣を展開してきたんだ。その構造、どこかで見たことがあるんだよ」
「どこで?」
「その答えは、私だって知りたい。だが、あれは・・・」
そこで、猶がふいに顔をしかめた。
「・・・やっぱり、そうか」
「猶?」
「いや。何でもない」
だけど俺には、何かが引っかかった。
猶は、何かを知っている。
あの時、ヒナ・タグラスと向き合ったとき――まるで“知っていた”ような目をしていた。
猶は、もしかして。
言葉にはしないまま、猶を見た。
そして彼は、俺の視線を感じたのか、一瞬だけ目をそらした。
「・・・エルメルだ」
突然、猶が呟いた。
「エルメル?なんか、どっかで聞いたような・・・?」
「国名だよ。大陸の南西にある、祈祷師の国だ」
俺は、大陸の全体図を思い出した。
そう言えば、左下の方にそんな国名が書いてあった気がする。
「フランネが言ってたよな?ヒナ・タグラスの展開した魔法陣に、見覚えがあるって。俺も同じだ」
「やっぱり、何か知ってるんだな」
「ああ・・・」
猶は頷き、何かを取り出した。
それは、古ぼけた紋章のようだった。
「なんだこりゃ?」
「『月葬の夜会』、エルメルを牛耳ってる組織のエンブレムだ。昔、ちょいと頂く機会があってな」
「へえ・・・でもなんか、おしゃれだな」
三日月を象り、その内側に薔薇が一輪添えられている、というデザイン。
薔薇が黒いこともあってか、どこか美しさを感じた。
「見た目はな。でもこれは・・・暗殺組織のエンブレムだ」
その一言を聞いて、驚いた。
国を支配してるのは、暗殺組織なのか。
「エルメルって国は、元々祈祷師を始めとした魔法種族の国だった。けど、200年くらい前にクーデターが起こってな。国家を統治してた王族は皆殺しにされて、政府は崩壊した。かわりに国の政治の実権を握ったのが、『月葬の夜会』だ」
つまりは、暗殺組織に乗っ取られた国というわけか。これまでの国の中でも、特に異彩を放つというか・・・ダークな国だ。
「奴らが何をしようとしてるのか、どこへ向かってるのかは、もはや誰にもわからん。けど一つ間違いないのは、いずれは他国を侵略することを企んでるってことだ」
猶曰く、エルメルの国を支配している組織は、現在は他国への侵攻の準備というか下地作りを行っているらしい。
もっとも、それは最近になって知ったことであるそうだが。
「・・・もっと早く知りたかったな」
「そりゃ俺もだ。で、どうする?ラーディーを出て、エルメルに向かうか?」
「無論だ。侵略を考えてる国なんて、放っちゃおけない!」
「まあ・・・そうだよな。よし、そんならみんなに話してこよう──拠点を、最後の国に向かわせるってな」
そう言えば、すでに俺たちは七つの国を巡ってきている。大陸の大国は八つ──次に行く国で、いよいよ最後だ。
「すぐに向かおう、エルメルは色々とカオスな国だ。なんなら今すぐ・・・いや、明日の朝がいいかな。うん、明日だ。明日、出発しよう」
よくわからないが、話を聞いた限り、確かにカオスな国ではありそうだ。
ここは猶の言う通り、明日の朝に出発しよう。




