第497話 生と死の狭間
「・・・?」
おかしい。意識がある。
首を撥ねられたはずなのに、はっきりと。
しかも、下を見るとしっかり体がある。
もちろん、ちゃんと首とくっついている。
一体、どういうことだ?
「ああ・・・!姜芽!」
猶の悲痛な声が響き、フランネが歯を噛み締める。
辺りにはおびただしい血が流れ、そこに首を失った体がどさっと倒れる。
・・・だが、俺は。
はっきりと、意識がある。
まるで、まだ生きているかのように。
「二人とも、俺は・・・」
手を伸ばしたが、手は猶の体をすり抜けた。
そのことから、何があったのかを理解した。
いや、本当は考えるまでもないことだが。
「俺は・・・死んだ、のか」
ふと、自身の頭から銀色の線のようなものが伸びていることに気づいた。
それは、首を切り離されて倒れた体の胸あたりと繋がっている。
「これは・・・ひょっとして、霊子線ってやつか?」
人間界にいた時に、ちらっと聞いたことがある。魂と肉体を繋ぐ線であり、これが繋がっているうちはまだ生き返る可能性がある、らしい。
この世界でも、あるのだろうか。
だが、生き返るとは?俺は首を撥ねられたのだ。いくらなんでも、ここから生き返れるとは思えないのだが・・・。
「俺は・・・どうなるんだ?」
すると、どこからか優しい声がした。
「それはね、この世界のルールに従うのよ。異世界転移者、姜芽」
振り返ると、一人の女が空から降りてきた。
青いロングストレートに、薄い青の瞳をした、きれいな顔立ちの長身の女だった。
緑の騎士っぽい服を着ており、腰には剣を差している。
そして、全身が薄い青色の光のベールで包まれている。
「・・・誰だ?」
「私は凛。霊騎士・・・つまり、最高位の騎士よ」
「霊騎士・・・?」
そう言えば、いつだったか聞いたことがある。
騎士系の種族は、聖騎士、魔騎士と登り詰めていき、最後には霊騎士という種族になると・・・。
「本来は、死者に縁のある者が迎えにくるのだけど・・・あなたのように、この世界に身寄りを持たない者が死んだ時は、私たち霊騎士が迎えにくるの。私たちは異人だけど、同時に魂の案内人でもあるから」
身寄り・・・か。確かに俺は異世界転移者だし、この世界に祖先とかはいない。
しかし、死んだら高位の異人が迎えにくる、というシステムになっていたとは。
「それにしても、こうして私が迎えに来れたということは、あなたは死後の世界というものを信じているのね」
「え、なんでだ?」
「死後の世界、そして魂。それらの存在を信じていない者は、自分が死んだことに気づけないまま、この世を彷徨う存在・・・『幽霊』になる、と言えばわかりやすいかしら」
なるほど、そう言われると確かにわかりやすい。
しかしそう考えると、幽霊というのはちょっと哀れな存在かもしれない。
そこで、俺はふと思った。
「なあ、俺の体と繋がってるこれ・・・霊子線ってやつだよな?俺、生き返れるのか?」
「どうだと思う?」
「・・・」
俺の体は首を切り離され、猶たちが激闘を繰り広げている横で無惨な姿となって転がっている。
残念ながら、生き返れるようには思えない。
「これはちょっと・・・無理、かもな」
「ええ」
女・・・霊騎士の凛は、俺の手を掴んだ。
「それじゃ、姜芽・・・逝きましょうか」
「え、逝くって・・・?」
ふふ、と凛は笑った。
「あなたなら、わかるはずよ。何となく・・・でもね」
彼女は俺の手を引いたまま、飛び上がった。
飛んでいった先は、きれいだが不思議な場所だった。
色とりどりの花が咲き乱れる、豊かな花畑。
「ここは・・・あの世か?」
「いいえ。ここはまだ、その入り口に過ぎないわ」
手を引かれるまま、進んでいく。
すると、今度は大きな川が現れた。
「これは・・・ひょっとして、三途の川ってやつか」
「白い世界ではそう呼ぶかもね。でもこの世界では、これはラドーア川って言うの。冥界、つまり死者の世と現世を隔てる境界線。ここを渡れば、もう現世には帰ってこられない」
そんな言葉を聞きながら見ていると、ある事に気づいた。
ここから見える限り、5人くらいの人が川を泳いで渡っているのだが、それぞれ様子が違う。
水泳選手のように、高速でざぶざぶと泳いでいる者もいる一方、下手な泳ぎ方でゆっくり進んでいる者、半ば溺れているような者もいるのである。
俺は、彼女に尋ねた。
「あれは、なんだ?人によって、泳ぎ方が違うが・・・」
「彼らが違っているのは、泳ぎ方じゃない。心に残っている未練よ」
「未練?」
「そう。この川はみな泳いで渡るのだけど、現世での未練・・・特に、権力や富への執着があると、普通に泳いで渡ることができないの」
「へえ・・・」
すると、凛はさりげなく俺を川に落とした。
「さて、あなたはどうかしら」
「・・・!」
どうしたわけか、うまく泳げない。目と口と鼻に水が入り、苦しい。
ばしゃばしゃと音を立て、水しぶきを上げながら、もがかざるを得なかった。
「ばっ・・・バカな!俺は・・・何も、執着・・・なんて、ないのにっ・・・!」
「あらあら。・・・なんとかして、進みなさい。でないと、ずっと苦しいままよ?」
「んぶぶぶっ・・・」
そう言われても、うまく進めないのだから仕方ない。
もともと泳ぎはうまい方ではないとは思ってたし、この世界に来てから裸で泳いだことがなかったが・・・これは、さすがに情けない。
「冥界に持っていけるのは『心』だけ。こだわっているものがあるのなら、この川に捨てていきなさい」
凛の声は落ち着いていて、とても優しい。
だが、今の俺にはそんなことを気にしている余裕はない。
苦しみながら、なんとか対岸まで渡ることができた。
重い体を地上に引き上げ、息を切らしていると、凛がまた手を引いてきた。
「休んでいる暇はないわよ。まだ、行くべきところがあるのだから」
凛の体はまったく濡れていない。
どうやら、浮遊して川を越えたようだ・・・まあ、案内人なんてそんなものだろうが。




