第495話 迷いなき炎
霧の中から現れたその姿――細身のシルエットに、紫のローブが風に靡いていた。
フランネは、ゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。
「フランネ・・・あんた!」
俺が問いかけるように言うと、彼女は微かに笑った。
「見極めてたのさ。こいつが“何”で、どこから“仕掛けてくる”のかをね」
フランネの目は鋭く、だがどこか慈しむように俺たちを見ていた。
「この霧の濃度と変化、毒の性質、それと幻影の出現位置・・・ この空間は、中央の一点を“祭壇”に見立てて構築されている。あの黒霧の柱の根元だ。おそらく、そこがあいつの”中心”だ!」
「中心?心臓ってことか?・・・なら、そこを潰せば!」
「ああ。この幻影も、空間も維持できなくなる!」
その言葉を聞いた仲間たちの顔に、希望の色が射す。
だが――
「分かってるなら、黙っててくれた方がよかったのにィ・・・」
アークトゥルスの声が、霧中に響き渡った。
すぐさま空間全体がざわめき、幻影たちが一斉にフランネへと襲いかかる。
「くるぞ!」
だが、フランネはその場から一歩も動かず、左手を掲げた。空間が、風に裂ける。
次の瞬間、その周囲に羽衣のようにも見える雷の陣が展開され、迫る幻影を巻き込み、吹き飛ばした。
「[雷裁陣・連環]・・・この空間、確かに異常だけど、通り道はまだ残されてる。なら、私の役目は――」
フランネが踏み込む。雷のラインに沿って、疾風のように地を駆ける。
「“中心”まで、最短で届かせる!」
彼女が駆け抜けた後に、霧が割れ、黒い大柱――“祭壇”の中心がはっきりと姿を現した。
そこには、アークトゥルスの半身が同化するように沈み込んでおり、異形の心臓のような黒い塊が脈動している。
「見つけたぞ・・・!」
俺が叫び、すぐに猶が続く。
「援護しよう!」
リアンナの矢が次々と幻影を穿ち、はなの雷撃が霧を裂く。
ナイアが再び風を集め、周囲の毒霧を払い続ける中――フランネが雷を纏って宙を舞う。
「――[雷裂・落羽]!」
彼女の足元から、鋭利な雷の刃が無数に生まれ、螺旋を描いて中心へと突き進んだ。
それらはそのまま、黒い心臓へ向けて突き刺さる。
「ッぐ・・・ああアアァァァァ――――ッ!!」
アークトゥルスの絶叫が響き、祭壇が軋むように震え始める。
「まだだ・・・まだ、終わらない・・・私の“祈り”は・・・!」
「終わらせるのはあんたじゃない。こっちだ!」
俺は燃え盛る剣を両手に握り、力を込めた。
「剣技 [紅蓮の終撃]!」
炎が天を貫く柱となり、黒い祭壇を焼き払う。
燃え盛る光が闇を裂き、アークトゥルスの叫びがかき消されていく。
そして――すべてが、沈黙した。
黒い霧が、崩れるように消えていく。幻影も、毒も、呪いも、すべてが霧散していく。
「・・・やった・・・のか?」
俺の問いに、誰かが頷いた。
フランネが、霧の中心から戻ってくる。
「・・・ふぅ。ようやく、終わったみたいた5」
そう言って微笑む彼女の額に、かすかな汗が浮かんでいた。
この戦いは、ただの怪物との戦闘じゃなかった。
それぞれが、自分の“歪み”と向き合う――そんな、試練だった。
けれど、それでも俺たちは勝った。
この世界に祈るなら、狂気ではなく――希望を。
その後俺たちは、ようやくリギー銀山へと到着した。
今になって気づいたが、山肌には以前入ったでかい坑道の他にも、無数の坑道の入り口が穿たれ、どこか人工的な違和感を放っている。
岩肌から滲む魔力の痕跡に、ナイアが小さく眉をひそめた。
「・・・この銀山、なんか魔力の流れが新しいね」
「まあ、ついこの前まで危ない異人がいたわけだしな」
猶が慎重に周囲を見渡す。
入り組んだ坑道、僅かに残る血痕と灰。
人の気配はないが、それが逆に異様だ。
「この銀山・・・というかこのエリア一帯は、しばらく封鎖するんだよな」
「ああ。でないと、また危ない異人が出てきかねないからな」
フランネの一声で、兵士たちが封鎖用の結界を展開し始めた。なんでも、ここを中心として広範囲を封鎖する結界を張るらしい。
その際、俺たちも手伝った。
風の印を刻むナイア、地の封陣を張るはな、火の標を打ち込むリアンナ。フランネも静かに、雷の紋章を銀山の入口に刻み込んだ。
ちょっと面倒な作業だったが、こうすると結界が硬くなり、誰も通れなくなって、封鎖の役割をしっかり果たせるとのことだ。
全てが終わった頃、フランネがふいに俺の横へと歩み寄ってきた。
その目は、どこか感慨深げだった。
「――あんたたち、強いね。やっぱり」
「・・・え?」
思わず聞き返す俺に、フランネは小さく笑った。
「最初に私が見たときは、正直あまりいい顔してなかった。多くの仲間の命を背負うには、ちょっと不安な目をしてた。でも――今のあんたたちは、違う」
風が、封鎖された坑道の方へと抜けていく。
「ちゃんと見てた。あの狂気の霧の中で、皆が自分を見失わずに、他人の“歪み”すら受け止めていた。・・・それって、どんな魔法よりも難しいことだよ」
その言葉は、どこまでも静かだった。
褒めるでも、甘やかすでもなく――ただ、まっすぐな事実として。
「それに、あんたの最後の炎。あれ、こころから仲間を信じてる奴の炎だった・・・魔法ならね。少なくとも、躊躇も迷いもなかったのは、確かなんじゃないかい?」
俺は少し、俯いた。
褒められているのかどうかもよくわからない。ただ胸の奥が、じわりと熱くなる。
「・・・あんたも、最後は助けてくれただろ」
「それは私の役目だからな、当然だよ」
雷の賢者にして地方英雄、フランネ。
彼女の目はまっすぐで、曇りがなかった。
「ここから先はきっと、もっと厄介なものが待ってるよ。アークトゥルスは倒したけど、封印された異人はまだいる。少なくとも、あと1人くらいは出てくるだろうさ」
「マジかよ・・・もうご勘弁願いたいな」
「そうは言っても、出てきたらやるしかないさ。わかってるだろ?」
「・・・まあ、な。でも、怖くなんかないさ」
俺の言葉に、フランネは目を細めた。
「・・・まったく、あんたってやつは。頼もしいリーダーじゃないか、姜芽」
そう言って、彼女は軽く背伸びをするように空を見上げる。
風が吹く。
リギー銀山を包む空に、夕陽が赤く滲んでいた。




