第493話 狂気の神官
兼ねてよりしていた予感は、程なく的中した。
灰色の空の下、銀山が見えてきた・・・というところまで近づいてきた時、大地が激しく揺れた。
地震か、と思ったが、どうも少し違うようだった。
なぜなら、揺れの後に前方の地面が割れ、「何か」が飛び出してきたからだ。
それは黒地に赤い刺繍がある法衣を着た、牧師のようにも見える恰好の男だった。
しかし、明らかに聖職者の類いではない。
というのも、顔が骸骨のよう・・・というか骸骨そのもので、唇が裂け、歯をむき出しにしており、目が血走り、顔を小刻みに震わせている、という恐ろしい風貌だったからだ。
「あれ・・・!?こいつ、なんかどっかで・・・!」
猶が唸るように言った。
「そうかもしれないね・・・こいつは、その姿と性質が理由で、この世界に出てくることを許されなかった異人だ!」
フランネがそう言うと、目の前のそれは奇妙な声を上げた。
「う、うひゃひゃひゃひゃ!!」というような、気味悪い笑い声を上げた。
その声はどこか掠れ、どこか震えていて、聴いているだけで胸の奥をざわつかせる、不快な音だった。
笑い終えた骸骨のような異形の男は、ゆっくりとこちらに首を傾けた。が、まるで関節が壊れているかのような不自然な角度で、首がカクンと傾く。
「おおお・・・ようやく・・・ようやく、目が合ったァ・・・神は言っている、ここを通る者は・・・裂けろとォォ・・・!」
意味がわからない。が、それが逆に恐ろしい。
言葉の一つひとつに狂気が滲み出ていて、それでいて、どこか演技ではない“本物”の気配があった。
「下がって!」とフランネが叫ぶ。
直後、男の周囲に黒い霧のようなものが溢れ出した。それは地を這い、空気を蝕むように広がり、こちらの視界をじわじわと侵食してくる。
「[暗闇の帳]・・・!視覚を奪って、混乱を誘う気だ!」
「なっ・・・!」
俺はとっさに後退し、剣を構えた。
その霧の中から、ガラガラと骨が軋むような音が響く。そして・・・
――カッ。
何かが目の前に立っていた。否、それは“俺自身”だった。
「へ・・・?」
俺と寸分違わぬ姿、同じ服、同じ剣、同じ表情。だが、その目だけが、どこまでも空っぽだった。
「惑わされるな!」
フランネの声で、はっとした。
「こいつは相手を“模倣”するんじゃない、“歪曲”させるんだ。あんたの姿を真似ても、あんたとは違う。“狂った可能性”を、目の前に具現化するだけなんだ・・・!」
その“俺”は口元を歪め、異様な笑みを浮かべて、ゆっくりと剣を振り上げた。
そして骸骨の男は、霧の中でまた、震える声を漏らした。
「愉快だ・・・愉快だァ・・・人は皆、いつか壊れる。ならば、壊れる前に、その姿を見せてやらねば・・・慈悲深い、慈悲深い行為だとは、思わんかァ・・!?」
その時、猶が叫んだ。
「・・・思い出した!こいつはアークトゥルス!確か、色々と《《やばい》》ってことで封印された異人だ!」
アークトゥルス――聞いたことのない名だが、何か、胸の奥がぞわりとした。
まるで、魂のどこかがそれを知っているかのように。
「そうだ・・・こいつはアークトゥルス・ベテルギウス!危なっかしい上に、色々と《《まずい》》と判断されて、世界に登場することを認められなかった神官さ!」
フランネがその名を口にした瞬間、霧が急激に濃くなり、周囲の音すら呑み込んでいく。
そして、アークトゥルスの声が頭の中に直接響いた。
「さあ、始めよう。君の中の“歪んだ祈り”を、ぼくに聞かせておくれェ・・・?」
アークトゥルスの声が脳髄を直に揺さぶった瞬間、俺は剣を構え直しながら叫んだ。
「みんな、気をつけろ!こいつ・・・なんか気味悪いぞ!」
猶が素早く後方に回り、短剣を両手に構える。
「ああ、こいつ・・・マジでやべえやつだ。空気も、明らかに重くなってやがる」
俺は苦笑いを浮かべつつ、剣の柄を握り直した。
その時、アークトゥルスが霧の中を滑るように動き、次の瞬間――「俺自身」の幻影が斬りかかってきた。
剣を交差させて受け止めたが、衝撃は本物だ。幻じゃない、こいつは本当に俺の動きや癖を“歪めて”再現している。
「偽物のくせに、ずいぶんと馴染んでやがる!」
「そうだよォ、ボクは“模倣”じゃない・・・“信仰”なんだよォ・・・!」
アークトゥルスが、痙攣するように震えながら吠える。
「君が君を信じる限り、ボクは君を歪めることができる。アイと、シンネンが、ボクの糧だよォ!!」
何を言ってるのか、ボルドー卿以上に意味不明だ。でも、意味なんか理解したくない。
「・・・っし!リアンナさん、援護を!」
ナイアが叫ぶ。
「わかってるよ!」
リアンナの矢が、闇を裂いて飛ぶ。火と風をまとったその矢は、唸りをあげて顔面を撃ち抜こうとするが・・・。
「う、ふふふ・・・甘いねェ・・・!」
奴は霧の中に沈んだかと思うと、一瞬でリアンナの真後ろに現れた。
「ぎゃっ・・・!?」
「リアンナ!」
俺と猶が同時に叫ぶが、その刹那―
「[フレイム・バースト]!」
炎の魔力が弾け、爆ぜるように地面から火柱が立ち上る。
それにより、アークトゥルスは攻撃を中断された。
「・・・うふふ。まさか小細工を仕掛けてたとはね、メニィちゃん・・・!」
すぐ横で、メニィが杖を振っていた。
「こいつ、火に弱いかもしれません。火術を使えば、もしかしたら・・・」
その間に、はなが駆け抜ける。
「・・・わたしも忘れないでね」
雷をまとった剣が、アークトゥルスに叩きつけられた。だが、直前で「別の誰か」が割り込んできた。
「――おい、マジかよ」
現れたのは、“猶”だった。まったく同じ姿の、同じ動きの、だが、眼だけが黒く濁っている存在。
「え、俺・・・こんな顔してたか・・・?」と本物の猶が呟く。
「見ろ、見ろよォ・・・!みんなボクになれる・・・ボクの中に還れる・・・!」
アークトゥルスは、どこからともなく囁くように呟く。
その声が頭の中にこだまし、感覚を狂わせていく。
ナイアが技を繰り出す。
「[吹き飛ばし]!」
風が渦巻き、霧を切り裂くように周囲の空気を一変させる。
すると、心なしか幻影の俺の力が弱まったような気がした。
・・・今だ。
剣が風を切り、炎が奔る。
「『烈火、即ち断罪の剣なり』!奥義 [烈火の裁き]!」
炎に包まれた剣は、幻影の俺を真っ二つに断ち切った。
すると、アークトゥルスの叫びが響いた。
「いぎゃああああアァアア!!」
耳をつんざくような、恐ろしい叫びだ。
だが、まだ終わっていない。奴はまだどこかに潜んでいる。
そこで、フランネが低く呟いた。
「やるじゃないか。でも、油断はするな。あれは、心に巣食う邪悪なものを具現化した幻影・・・奴の本体は、まだどこかにいる」




