第489話 黒い毒と淡い薬
拠点でひと休みしていると、フェルマーがやってきた。手には試験管と、何枚かの紙を持っている。
「調査、終わりましたよ」
俺たちは顔を上げた。フェルマーは試験管の中の水を見せつつ、簡潔に説明してくれる。
「やはり、川の水には強力な毒素が含まれていました。当然ながら、自然に生まれたものではなく、人工的に作られたものです」
「やっぱりボルドー卿・・・あの薄気味悪い仮面野郎が流した毒だったってわけか」
「ええ。川に流されていた毒は、闇の魔力を結晶化させ、それを細かくしたものから作られていたようです。でも、彼自身の魔力によるものではない。おそらくは、何らかの生体エネルギーを魔力に変えたものかと」
「生体エネルギー?」
「はい。生物・・・ことに生きた異人や人間から奪った、生命力そのものです。それを使って、あのような毒を作り出していたんです」
生命力を吸い取って、それを毒として垂れ流してたってことか。いかにも悪役らしいことだが、なかなかエグい。
フェルマーは、試験管を横から覗いた。
「この水、一見すると普通の水なんですけどね・・・」
彼が試験管に何かの粉を入れると、たちまち水が黒くなった。
まるで、理科の実験のようだ。
「今入れたのは、魔精銀・・・魔力で精錬した銀の粉塵です。魔精銀は、闇の魔力に反応して黒く変色する性質があります」
それから、と彼は試験管を軽く振った。
すると、今度は紫色の上澄みが出てきた。
「これが毒ですね。魔精銀は、有害成分を吸着して紫色に変色する性質もあるので、こういう時に使えるんです」
墨のように黒く濁った水は、いかにも毒がありそうだという印象を受けた。
「この毒は、時間をかけて蓄積していくことで、徐々に効果が現れるタイプのようです。最初は軽い手足の痺れや痛みといった症状から始まり、本格的な体の麻痺、筋肉の硬直、感覚の消失などが起きていき、最後は死に至ります」
神経系の毒というわけか。
血を吐いたりするわけではないが、これはこれで恐ろしい。
「ともあれ、毒を流していた元凶がいなくなった以上、もう大丈夫でしょう。あなたたちのおかげです」
「いやいや。しかし、川に毒が流されてた・・・ってことは、流域の人たちは大丈夫なのか?この町もそうだが」
「それについては、大丈夫です。今言ったように、今回の毒は、一定以上の量が蓄積して初めて効果が出るタイプのようですし、それに・・・体の毒を消す薬だって作れます」
「あ、それなら大丈夫そうだな」
人々の安全を確認して安心したのか、キョウラは急かすように言ってきた。
「姜芽様、王城に戻って今回のことを報告しましょう。銀山周辺の封鎖の件もありますし」
「だな。・・・フェルマー、そういうわけだから、俺たちはこの辺で失礼する。世話になったな」
「こちらこそ。ありがとうございました」
フェルマーは一礼し、帰っていった。
聞きそびれたが、あれから恋人のエリーとは仲良くやっているのだろうか。しばらくは、彼と同棲すると言っていたが。
まあ、大丈夫だとは思う。この前まで彼は光の秘術にかかっていたが、今はもう正気だ。
エリーを想う気持ちも、取り戻している。
このまま仲良くやっていってほしいものだ。
ペリルを旅立ち、王城へと向かう。
その道中で、ちょっとしたことがあった。
リビングで休んでいたら、キョウラが話しかけてきた。
その手には、ピンク色の液体が入った瓶を持っていた。
「姜芽様。次、どこかで戦闘をすることがあったら・・・これを使ってみてください」
どうやら魔力回復薬・・・らしいのだが、このような色のものは見たことがない。
それについて聞いたところ、これは「聖職者の秘薬」といい、修道士系種族にだけ伝わるレシピで作られた魔力回復薬なのだという。
キョウラは魔法薬、もといポーションをあまり調合したことがなかったのだが、今回母に勧められたので作ってみたらしい。
それをなぜ俺に渡してきたかと言うと、「なんとなく、使ってもらいたかったから」とのこと。
若干顔を赤らめ、顔を背けて照れているキョウラの姿は、ちょっと可愛かった。
「まあ、そういうことなら」と受け取ると、キョウラは嬉しそうに、でも照れくさそうに笑った。
「普段ほとんど作らないので、効果が弱いかもしれませんが・・・」
「いや、いいさ。君がわざわざ作ってくれたんだからな」
「・・・っ」
キョウラは顔をそむけ、足早に部屋を去った。
どこまでも照れてるのか。可愛い娘だ。




