第479話 嵐纏の刃
やってきたエリーに手を握られ、名前を呼ばれると、フェルマーは目を覚ました。
「・・・え、エリー・・・」
「・・・フェルマー」
彼女の顔を見て、フェルマーは声を震わせた。
「エリー・・・無事で、よかった」
フェルマーの声はかすれてもいたが、確かに彼のものだった。
「・・・それは私の台詞よ」
エリーの目に、涙が浮かんだ。
「馬鹿・・・!どうして・・・どうしてこんなことを!」
エリーは声を震わせながら、彼の胸にすがりつく。涙がぽろぽろと零れ、フェルマーの頬に落ちていく。
「僕は・・・彼らを守りたかった。あの時、僕を助けてくれた海人に・・・礼がしたかった。だから・・・」
「だからって・・・異形になるなんて!」
エリーの涙声を聞いて、フェルマーはエリーを抱きしめた。
そして、彼女に心からの謝罪を述べた。
「ごめん、エリー・・・僕は、頭がおかしくなっていたみたいだ。海人を助けるために、異形になるなんてどうかしている。どうして、こんなこともわからなかったんだろう」
「『光の秘術』のせいです」
二人は、亜李華を見た。
「フェルマーさん。あなたは、『光の秘術』・・・邪悪な司祭の術にかかり、正気を失っていたのです」
「『光の秘術』?・・・ああ、聞いたことがある。サンライトの、願いを叶えてくれるっていう魔導書・・・」
「確かに、願いを叶えるものではあります。しかし・・・」
亜李華は、その恐ろしい実態を話した。
そして二人は驚くと共に、それにかかったフェルマーを助けてくれた亜李華に深く感謝した。
もっとも、彼女は「当然のことをしたまでです」としか答えなかったが。
「それなら、尚のこと君には謝らなきゃな。僕のせいで、君に辛い思いをさせてしまった。僕が、あの竜みたいなやつの口車に乗ったせいで・・・」
竜、というワードに、俺たちは一斉に
反応した。
この世界の「竜」とは、基本的に異形のことだからだ。
「竜・・・ ?いつ、どこで会ったんだ!?」
「え?えーと・・・今からちょうど1年くらい前だ。例の海人に助けられた、数日後のことさ」
なんでも、それはあの日と同じく大時化の日のことだった。
嵐の中海を眺めていたら、突如1人の異人が現れた。
そして、こう言ったという。
「お前には、叶えたいことがあるな?・・・ならば、この本を開くがいい。叶わぬはずだった望みも、叶えられるであろう」
それ以降、その異人を見たことはない。
しかし、彼はそれからもずっと、かすかに気になっていたという・・・その異人が、まるで竜のような尾と翼を持っていたことが。
「僕は異人学者じゃないから、そういう姿や性質を持った種族なのかなとも思ったんだ。けど、何か・・・心の奥底で、何かが引っかかったんだよなあ・・・」
「そんな奴の言うこと、真に受けるなよ」
龍神のツッコミをスルーしつつ、フェルマーは再び頭を下げた。
「とにかく、それで僕は・・・こういうことになったんだ。その結果エリーを傷つけ、その町を危険に晒すことになってしまった。そして、あなた達のことも・・・」
「それはいい。けど、せめてエリーを悲しませるな。あと、ペリルの人達に迷惑をかけるな。あんたは、みんなに信頼されてるんだからな」
俺がそう言うと、彼はこちらを向き、強く頷いた。
その後、賢者の核はフェルマーの所有物となった。
ただし、あくまで研究対象として。
その傍らには、恋人であるエリーが付き添う。
言わずもがな、二人は復縁したようだ。
「ところで、例の武器の製法について話してもらおうか?」
龍神が、最初に話していた武器の製法・・・伝説の短剣を復活させるレシピについて、尋ねた。
「ああ、そう言えばそうでしたね」
フェルマーは、あっさりと話してくれた。
「伝説の短剣、『嵐纏の刃』ストムエリナは、海水が魔力で固まった『シースプ鉱石』というものと、原型となる短剣を錬金して作られたものです。シースプ鉱石は、僕がたくさん持っています。それから・・・原型の短剣は、かつて複数本が作られました。そしてそのうちの1つが、あなた達の持っている『セトルキュリテ』です」
加工に必要となる鉱石は、彼が持っている。それを聞いて、なんか安心した。
ならば、今すぐにでも伝説の武器を復元できるわけである。
「なら、さっそくやらせてもらえるか?」
「もちろんです。こちらへ」
案内された先には、俺たちの拠点にあるのと似た錬金設備があった。
火にかけられた壺があり、鍋があり、それらの中身を混ぜる棒がある。
そして、壁際にきれいな水色の鉱石が山ほど積み上げられている。
「これがシースプ鉱石か?」
「はい。・・・ストムエリナの復元方法は、簡単です。原型と鉱石五つを錬金し、出来上がった短剣を魔力の宿ったハンマーで叩いて鍛え上げ、冷ますだけです」
やはりというか、普通の錬金よりちょっと手間がかかっている。
魔力の宿ったハンマー、というのは壁にかかっているハンマーでいいらしいので、すぐに取りかかれそうだ。
リアンナに持たせていた原型となる短剣、セトルキュリテを返してもらい、鉱石と一緒に窯に入れた。
そうして、1時間ほどかけて錬金した短剣は、少しばかり刀身の形が変わっており、全体が水色をしていた。
さらに、それを鍛冶台に移し、熱いうちにハンマーで叩き、鍛え上げる。
これは、斧を振り下ろすのに慣れている俺がやった。
カン、カン、という音を立てながら叩くこと数十分、水色の刀身はさらに変形してきた。
そこで、フェルマーが水につけろと言ってきたので、横に用意されていた水を張ったバットのような容器に入れた。
そうして完成した短剣は、セトルキュリテとは大きく違っていた。
刀身だけでなく持ち手もまた緑色をしており、銀の細かい装飾が施されている。
また、刀身には流線型の何かの紋様が書かれている。
それは、文字のようにも見える。
全体的に強大な魔力を纏っており、それは風属性であるリアンナが手にした時、より大きく膨れ上がった。
やはり、風属性の短剣であるようだ。
「できました・・・これこそ、かつて異形の竜王を倒し、この国を作り上げた、魔女イーサルミーの使っていた短剣・・・『嵐纏の刃』ストムエリナです!」
フェルマーが歓喜の声を上げた。
同じく、俺たちも感動に包まれた。
「これが、伝説の短剣・・・!いかにも強そうじゃないか!」
それを手にしたリアンナもまた、その刀身に宿る力にひれ伏していた。
かくして、かつてこの世界を救った英雄の使っていた武器の一つが手に入った。
正直俺には使えないが、それでも圧倒的なロマンを感じられる。
「さっそく、敵さんたちを切り刻んでやらなきゃね!」とリアンナは息巻いていたが、心配するまでもない。
彼女と、その短剣がどんな振る舞いを見せてくれるのか、こちらも楽しみだ。




