第471話 幻水の影
鏡のような水面に浮かび上がったのは、俺たちではなかった。
リトの姿をした、異様な影だった。
「――っ、私・・・?」
リトが思わず声を漏らした瞬間、それから飛び出したのは、薙刀を構えた“もう一人のリト”だった。
ただし目が虚ろに光っており、口元には笑みとも狂気ともつかない歪みがある。
ニーレは笑うと、指を鳴らした。
影のリトが、鋭い突きを放ってくる。リトは咄嗟に身を引き、辛うじてかわした。
「[水幻]・・・水に相手の姿を写して、力も、技も、記憶も再現したもの。心だけが抜け落ちた、戦うためだけの器。あたしの異能さ」
なんと、こいつは異能持ちなようだ。
それで、こちらのコピーを作り出してきた、というわけか。
「そうか・・・だったら本物が叩き壊す!」
龍神が駆け出し、稲妻のような斬撃を放つ。
だが、ニーレのもう一人の部下が杖を振ると、雷の軌跡を吸収するように水の障壁が立ちふさがった。
「・・・っ、吸われた?」
「そっちもなかなかやるみたいだね。けど、こっちも準備は万端ってわけさ」
ニーレの指先が淡く光る。次の瞬間、水面が四方に飛び散り、部屋の床や天井に散在した。
そこから他のメンバーの影も現れ、さらに敵が増えた。
「・・・皆さん!それぞれ、影の相手を!」
亜李華が光の結界を展開し、味方を守る。
イルは剣を抜き、リトの背後に並び立つ。
「リト、私が援護する。こいつの癖は、おまえが一番知ってるはずだ」
「ええ。・・・自分と戦うのって、正直すごく嫌だけど」
リトの声は震えていたが、その瞳には覚悟があった。
彼女は薙刀を構え、影の自分へと向き直った。
水しぶきの中、リトが踏み出す。
影の薙刀と、本物の薙刀が激突し、水飛沫が火花のように散った。
水属性同士のぶつかり合いだ。だが、リトは負けないだろう。
俺は斧を構え、敵のもう一人の部下――横で、魔力を練っている女へと駆けた。
「ニーレ、だったな。賢者の核が欲しいそうだが・・・そうはいかないぜ」
たった今閃いた、新たな技を出す。
空から降り注ぐ光と共に振り下ろす、光属性の斧技だ。
「[セレスティアル・クラッシュ]!」
技は見事女に命中し、血飛沫を撒き散らすと共に魔力を練るのを中断させた。
そしてさらなる追撃を仕掛けようとしたが、もう1人の取り巻きに魔弾を食らった。
リトの力でマシになっているとは言え、やはり水攻撃は痛い。
派手に吹き飛ばされ、立ち上がろうとしたところに、ニーレの魔法が飛んできた。
でっかい水球を飛ばしてくるというものだったが、食らうわけにいかないのでジャンプして回避した。
かなりギリギリだったが。
俺が着地した瞬間、叩きつけられた水球が破裂し、水煙が激しく巻き上がった。
視界が白く曇る。その中、風を裂くような音が耳を打つ。
「――っ!」
とっさに斧を横薙ぎに振ると、迫っていた魔法の刃が弾かれ、周囲の水面を割った。
助かった。だが、連中の動きは速い。俺が一発喰らってる隙に、奴らはもう戦いを加速させていた。
リトは、なおも“自分”と斬り結んでいる。
影のリトは、精密で無駄のない動きを見せていた。攻撃の手が一切緩まない。機械のような連撃。容赦も、躊躇もない。
「こんな・・・自分が、こんなに厄介なんて・・・!」
リトが息を切らしながら薙刀を受け止める。
水しぶきがあがり、髪も頬も濡れている。
「けど、それでも!」
叫びとともにリトの薙刀が弧を描いた。 攻撃を受けながら、彼女は逆に相手の懐へ踏み込む。影の腕がわずかに遅れる。
「私は、私を超える!」
水が渦を巻き、リトの身体から解き放たれた魔力が刃に集中する。
そして、リトが放ったのは・・・水流を纏わせた薙刀の突き。
「奥義 [水流一閃・牙]!」
影の胸元を突き破る。
刃が水を割り、そのまま影を蒸発させたかのように霧散させる。
「・・・やった、か」
リトが肩で息をしながら、薙刀を下ろす。
その手は震えていたが、確かな勝利の手応えがあった。
だが――
「ふふふ・・・いいねぇ、そういう顔だよ」
ニーレが愉快そうに笑う。 彼女の指がまたもや光を帯びた。
「影はただの器、一人や二人潰されたってどうってことないさ。何度だって再現できるんだから!」
水面が波紋を描き、再び影たちが現れる。
しかも、さっきよりも数が増えている。今度は、全員が揃っていた。
「・・・!これじゃキリがない!」
斧を構え直し、歯を食いしばる。
同じ姿の敵が何度も出てくるのは、精神を削る。だが――。
「一度倒してるんだ、何度だって叩き潰せる!」
ただ、斧に意識を集中する。
光が集まり、まるで空から雷光が降りてくるかのような輝きが走った。
「[セレスティアル・クラッシュ]!」
光が閃き、斧を振り下ろす。
それは一撃で敵の一人を叩き潰し、衝撃波がさらに周囲を巻き込んだ。
「俺たちは――本物だ!」
叫びながら立ち上がる。 次の瞬間、背後から魔弾が飛び、肩を撃ち抜かれる。だが、倒れはしない。痛みすら、今は燃料だ。
そこに続けて、亜李華が奥義を放つ。
「氷河の夢」という詠唱と共に、大きな氷が現れて砕け散る。
それによって、ほとんどの水の影が消し飛んだ。
「もしかして、氷に弱いの・・・!?」
亜李華が呟くと、ニーレから直々に短剣が彼女に向かって飛んできた。
上体を動かして躱すと、奴とその隣の二人は殺意満々の目で亜李華を見ていた。
どうやら正解なようだ。
それに水の使い手ということは、雷にも弱いはず。
そして、雷使いなら龍神がいる。
これは、勝利が見えてきたかもしれない。
「邪魔臭い女だね・・・まずは、あんたに死んでもらおうか!」
ニーレは短剣を携え、亜李華に向かって距離を詰めてきた。
しかし氷の結界で攻撃を防がれ、棍でカウンターを食らって吹き飛ばされた。
「亜李華・・・!」
俺が亜李華と目を合わせると、彼女は力強く微笑んだ。




