第470話 「賢者の核」
開かれた通路の先へ進むと、大きな部屋に出た。
入り口の部分に水を通さない結界が張られており、この部屋の中だけ空気があった。
部屋に入ると、いきなり水が無くなったものだから、少しばかり驚いた。
何やら難解な実験装置らしきものがあり、さらにその横には大きな球形の謎の機械もある。
また、部屋内には他の場所へ続くような通路は見当たらない。
どうやら、ここが最深部のようだ。
「フェルマーが欲しいって言ってたのは、確か『賢者の核』ってやつだよな。えっと・・・」
「これじゃないか?」
俺は、恐ろしいほどに目立つ球形の半透明の装置の中に浮かぶ、紫色の結晶を指さした。
よくわからないが、強大な魔力を感じる。
「ああ、たぶんそれだな。けど・・・どうやって取ろうか?」
結晶は装置の中にある。従って、このカバーのような装置を何とかしなければ取り出せない。
だが、この装置を開くにはどうしたらいいか。
一応、球形の装置の横にはキーボードのようなものがついている。
これであるコードを入力すれば、開くのだろうか。
「パスコードで開くタイプか・・・って言っても、そんなもんわかんないしねえ」
リアンナが頭を抱える。
亜李華が近づき、何やら調べ始めた。
「結晶を封印している装置も動いてますし、壊れてはいないと思います。どう入力すればいいのかだけわかれば、結晶を取り出せそうです」
「そいつはよかった」
突然、聞いたことのない声がした。
「ありがとね。あんた達が先行してくれたおかげで、楽にここまで来れたよ」
部屋の入口とは別の壁が、音もなく滑るように開いた。そこから現れたのは、濃い藍色の外套を纏った女だった。
その後ろには、魔法の杖を構えた二人の女がついてくる。彼女たちの足取りは静かだが、殺気を隠してはいない。
「・・・誰だ!」
「あたしはニーレ・ドレイヴ、ベルベット魔団のメンバーさ」
名乗りながら、女は長く垂れた水色の髪をたくし上げ、深海を思わせる冷たい瞳を光らせた。
「ベルベット魔団・・・!?まさか、この遺跡を荒らしに来たのか!」
イルが警戒すると、彼女はため息をついた。
「荒らしだなんて、人聞き悪いねえ。あたし達は『宝探し』をしてるんだ。あんた達冒険家と、何も変わらないさ」
そうは言うが、ベルベット魔団ということは、こいつは盗賊だ。
冒険家と盗賊を一緒にするなんて、樹とかが聞いたらキレそうだ。
「しかしまあ・・・あの異形どもを蹴散らしながらここまで来た挙句、あっさり賢者の核を見つけるなんてね。感心したよ、やるじゃないか」
女は緩やかに微笑む。だがその笑みは、まるで氷のように感情の温度を感じさせない。
そして今の言葉から、やはりこの装置の中にある結晶こそが、賢者の核であるらしいとわかった。
「さて・・・さっそくだけど、『賢者の核』はあたしたちが頂くよ」
部下のひとりが杖を掲げ、もう一人は装置に向けて魔法陣を浮かび上がらせている。遠隔で解析でもしているのか。
「ちょっと待て。こっちが先に見つけたんだぞ!」
「ああ、そうだね。けど、ここに先に来たのはあたし達だ。ちょっと遅れてきたあんたらを黙って通してやったのは、邪魔な異形どもを片付けてもらうため。ただそれだけさ」
女がそう言うと、両脇の2人が杖を構えた。
この2人もまた、他の魔団のメンバーとは明らかに違う。
「宝ってのは、最終的に手に入れたもん勝ちだ。例えどんな事情、経緯があろうともね」
女・・・ベルベット魔団のニーレは、手に水球を出した。
もはやわかりきったことではあるが、やる気のようだ。
「さあ・・・試してみようじゃないか?誰がここのお宝の所有者にふさわしいか」
俺たちは武器を構える。
と、薄い水の幕がニーレの背後からせり上がり、鏡のような水面を作り出した。
そこに映ったのは、こちらの姿とは別の何かだった――。




