第466話 「死の展覧会」
港の方から、また悲鳴が上がった。
「来るぞ!」
俺は先頭を切って駆け出す。
潮風に混じって、得体の知れないぬるついた匂いが鼻をつく。
しばらく進んで広場に出ると、そこはすでに無数の異形で埋め尽くされていた。
さっきもいた水棲系の「ミュルク」だけではない、足の生えた魚「ギール」や、頭だけのタコ「ラズリィ」、巨大な蟹の「クラバス」なんてのもいる。
「こんなにいたなんて・・・!」
セルクが眉をひそめ、雷の魔導書を広げた。
「[ハイボルト]っ!」
空気が震え、無数の雷光が港全体に降り注ぐ。水棲異形たちは一斉に痙攣し、数体が泡を吹いてその場で消えた。
「俺も行くぜ・・・!」
俺は地面を蹴り、ミュルクの群れへ斬り込んだ。斧が振り抜かれ、火花と共に炎の軌跡を描く。
軟体の体が焼け焦げ、泡を吹きながら四散した。
この瞬間、新たな技を閃いた。
「奥義 [フレイムチャージ]!」
自らの体を炎で包み、次の斬撃に力を込める。剣に持ち替え、ギールの喉元へ突き立てると、中から真っ黒な液体が噴き出した。
「・・・気をつけて!毒を出してきました!」
亜李華の声と共に、彼女の杖が青白い光を放つ。
俺の皮膚に触れた毒は、蒸発して消えた。
「私たちは援護に回ります・・・煌汰さん、キッドさん、いけますか!?」
「もちろんだ・・・こういうとこで踏ん張らなきゃ、騎士の名が泣くよ!」
煌汰は剣を構え、氷の魔力を纏わせて「ギール」に斬りかかった。斬撃が触れた瞬間、異形の体が凍り、砕け散る。
「・・・へへっ、僕の番だね」
キッドは笑いながら弓を引き、矢に氷の魔力を込めた。
そして彼は、[戯言]を一つ呟く。
「"この矢が当たったやつは、死ぬんだ"」
嘘であろう言葉が現実になり、矢が触れた「クラバス」は絶叫一つあげずに、倒れた。
別に心臓を撃ち抜いたとかではない。ただ、嘘が本当になっただけだ。
「・・・やっぱ怖えよ、あいつ」
アルテトが横目で見ながら、弓を構える。
「[ライトニングアロー]」
宇宙の星屑のような光が走り、雷を帯びた矢が一直線に「ラズリィ」を貫いた。炸裂と共に、タコ頭の異形が爆発四散する。
「わたしも殺る。そのために来たんだし」
はなが無表情で呟き、剣を抜いて前に出る。
異形の群れの中へ、音もなく飛び込むと──次の瞬間、周囲の五体が同時に真っ二つにされていた。
「・・・なかなかだな、この女」
龍神が刀を舐めるように見つめた後、弓を構えた。
「[雷針一閃・雷影]」
一条の光となって矢が走る。
倉庫の屋根に隠れていた異形が、雷と共に爆散した。
さらに、倉庫の裏から大きな青色のナマコが飛び出してきた。こちらの名前はわからなかったが、ねばつく糸を吐き出してきた。
はなが腕にそれを食らい、糸が巻きついたところが溶けた。
ジュワーという音が鳴り、泡を吹いていて、かなり痛そうだったが、はなは気にせず異形を一太刀で切り裂いた。
敵を倒したあと、はなは腕を押さえて顔を歪めた。
亜李華が回復すると、彼女に礼を言った。
「わたしの服が・・・ふん、見てなさいよ。一匹残らず、殺ってやるわ」
腕と一緒に溶けた袖を見つめ、はなは唸った。
自分の体が傷つくより、服が台無しになるほうが、はなにとっては気に障ったらしい。
まあ、彼女の服は一から自分で作ったらしいし、それだけ熱意と努力がこもっているのだろうが。
「まだ、いるな・・・!」
俺は斧を構え直し、仲間たちの背に視線を走らせる。
「みんな、気を抜くなよ!このまま異形を片付けて、町を守るぞ!」
「言われなくても!」
亜李華が杖を、煌汰が剣を構えた。
異形を掃討しつつ進んでいくと、いよいよ港に出た。
それで見えたのだが、やはり異形たちは港の桟橋から登ってきていた。
異形の群れは数十。泥と肉を混ぜたような異様な身体、泡のように膨張と崩壊を繰り返す存在。
それらが陸地へ登ってきては、呻きながらこちらへとにじり寄ってくる。
「ずいぶんいるな・・・!」
俺やセルクは魔導書を出した。
しかし、はながそれを止めた。
「奴らはわたしにやらせて。ついでに、今まで見せてなかった技も見せてあげるから」
俺たちは渋々、後ろに下がった。
異形はさらに増え、50匹近くが桟橋から上がってきている。それでも、はなは一歩も退かない。
彼女は深く、長く、息を吐いた。
「・・・わたしの『子供』たち、見せてあげる」
はなは、何かを懐から取り出した。
それは小さな手製の人形たちだった――針金と布、泥と紙、壊れたガラス。どれも奇怪だが、どこか愛おしい歪さがあった。
はなはそれらを地にそっと並べると、静かに呟いた。
「『わたしの芸術、心に刻みなさい』」
剣を抜き、地に突き立てる。
地面が震え、音が消えたかのような静寂の中、空気が重く、湿っていく。
土が泡立つように盛り上がり、人形たちが異様な動きを始めた。
「奥義 [喪葬の展覧会]」
泥の巨体が次々と地中から這い出る。それは人形たちの“本体”――彼女が与えた、命の集合体。
それらは異形たちへと突進し、拘束し、雷撃で麻痺させ、砕いた。
複数体が同時に連携し、まるで舞踏会のような動きで、敵を“作品”として仕上げていく。
飛び散る地と破裂音。
黒煙の向こう、崩れゆく異形の群れは、もはや単なる“素材”だった。
やがて、残るは一体のみとなった。
はなは最後の一体へ向けて短剣を抜き、雷を纏わせる。走り出し、跳躍する。
「・・・さよなら」
斬撃と同時に、すべての人形が一斉に暴走する。
雷光が地を割き、轟音が空を切り裂いた。
異形たちは一体残らず沈黙し、地には彼女の創作物だけが静かに転がっていた。
彼女は立ち尽くし、虚空を見つめていた。
美しくも、哀しくも、おぞましい“死の展覧会”がそこに完成していた。
あまりの光景に、俺たちは言葉を失った。
はなの奥義が、なんともえげつなく・・・そして、美しいものであったからだ。
「これが、恨み人の奥義・・・」
セルクは絶句し、震えていた。
彼女と同じ殺人者であるアルテトも、「ぞくぞくするぜ・・・」と言って震えていた。
一方、龍神は彼女の技を評価していた。
「なかなか見事だったな。はなは人形も作ってるってことだったが・・・それが、こんな形で出てくるとはなあ」
彼は殺人鬼、つまり高位の殺人者だ。
故に、そのような目であれを見られたのだろう。
「いろいろとグッドだったぜ、今のは。おかげで、異形ももう出てこなくなった」
そう言われて気づいたが、もう異形は出てきていない。
さっきまでは、海面から続々と異形が顔を出していたが、今はもうそれはない。
「締めの技にはもってこいだったな。はな、あんたはつくづく立派だぜ。芸術家としても、殺人者としてもな」
珍しく、龍神がまともに人を褒めている。
彼はこういう場面で嘘を言うことはまずないから、本心なのだろう。
「・・・そういうことは、わたしの世界を理解してから言いなさいよね」
はなは目をそらし、照れくさそうにした。




