第462話 未来への希望
かくして、"禁呪の書"はまた永き眠りにつくこととなった。
王を始めとした、傷ついたものはそれぞれが懸命な治療を受けた。
そして・・・
「いやはや、まったくもってありがとうございました。皆さんには、感謝しきれませぬ」
王の側近だという大臣から、頭を下げられた。
王の傷は、幸いにもそこまで深いものではなかったらしい。
一時的に強靭な肉体を持つ異形となっていたことが、関係しているのだろうか。
「王様は、先ほどお目覚めになられました。よろしければ、後ほど様子を見に行かれてみては」
「そうさせてもらおうかな。しかし・・・あんたは、聞いたか?」
樹がそう言うと、大臣は顔を曇らせた。
「はい・・・王様は、幼い頃の悲しい記憶をずっと引きずっておられたのでしたな。私は長らく、あの方にお仕えしていますが・・・お気持ちを理解して差し上げられなかったこと、恥ずかしい限りです」
自分を責める気持ちはわかるが、彼のせいではあるまい。
それに、王の気持ちも・・・。
王の元を訪ねると、彼はベッドに横たわったまま、こちらを見てきた。
「君たちか。・・・此度は、本当に済まなかった。礼を言わせてくれ」
王は、「君たちがいなければ、今ごろこの国は本当に滅びていたかもしれぬ」とした上で、自身の心境を語った。
「・・・私は、幼き頃より悔やんできた。己の力不足が故に、大切な妹を守れなかったことをな。故に決めたのだ。何者にも屈せぬ、究極の力を手にすると。そして無敵の存在となることが・・・ 亡き妹への、唯一の贖いとなると信じていた。だが、それは浅はかだったようだ。私はただ、ずっと言い訳をし、逃げ続けていたに過ぎなかったのだ・・・かつての弱き自分と、現実を受け入れられぬ自分にな・・・」
「ベルモンド王・・・」
俺たちは、複雑な気持ちになった。
彼の気持ちもまた、理解できなくない。
「国の者たちにも、迷惑をかけてしまった。贖いになるかわからんが・・・今後は精一杯、国の平和と発展のために努力するつもりだ。それこそ、遠い未来まで続くような、素晴らしい国にするためにな。・・・旅の者たちよ。いつの日か、またこの国に来てほしい。そしてその時は、見違えるほど立派になった我が国を、お見せしようではないか」
そう言ってもらえて、安心した。
きっと、ここから彼は国のために奮闘する。そして、その結果が500年後・・・現代のラーディーなのだろう。
「期待していますよ」
キョウラがそう言うと、王は力強く頷いた。
「うむ、これは・・・良い!実に良い話だ!」
突如、カールが手を叩いて言った。
「ど・・・どうした?」
「これはいいネタになりそうだ・・・皆さん!今回のこと、私は決して忘れません。その証として、今回のことを小説にしようと思います!」
作品、と言われて思い出した。そういえば、こいつは作家なんだった。
「今度の戦いのことは、国の記録には残らないかもしれません。でも、私の作品として、きっと未来まで残りますよ!」
「へえ?なんだ、売れる見込みがあるのかい?」
キッドがからかうように訪ねると、カールは「もちろん!・・・きっとです!」と手を握った。
そんな彼に、王も反応を見せた。
「ほう・・・小説、か。そう言えば、お前は物書きであったな」
「はい。まだ芽の出ていない、作家ではありますが」
すると、王はこんなことを言った。
「良ければ、お前の書いたものを1つ、私に読ませてくれんか?」
「えっ・・・!?良いのですか?」
「どうせ床に臥せっていても、することもない。このような時は、本を読むに限る。すぐそばに、新進気鋭の作家がいるとあれば、その作品を読んでみたいと思うのは必然であろう?」
「いや、でも・・・まあ、ご希望されるのなら・・・」
そうして、カールはしぶしぶ、自身の書いた本を王に渡した。
王はしばらくそれを読んだあと、「ふむ・・・」と頷いて本を閉じた。
「なかなか悪くないぞ。この調子で書いていけば、いずれ傑作を書けるかもしれん」
「本当ですか!」
「ああ。・・・ところで、お前は他にろくな仕事をしていないのだったな。もし良ければ、これから資金の援助をさせてもらえぬか?」
それはまさしく、カールにとっては思いも寄らぬ言葉だっただろう。
今は花開いていないだけで、カールにはきっと文学の才能がある。そのような者を、こうして見つけることができたからには、出来るだけ助けてやりたい。
王は、そう言った。
カールは言葉を失い、しばし立ち尽くしたが、その後顔を綻ばせた。
「・・・どうか、お願いします。ちょうど、もう少し粘ってもダメなら、一度国に帰ろうかと考えていたところです。生活資金さえなんとかなるなら、まだまだ安心して作品作りができます。・・・本当に、ありがとうございます!」
「なに、お安い御用だ。それと、これを読んで思ったのだが・・・私も、小説を書いてみようかと思う。実は私も、昔からありもせぬ妄想を浮かべるのが好きでな。お前のように本として記せば、受けるかもしれん」
「おお!それは良さそうです!作品作りに関してなら、私もいろいろと助言できます!」
「それは心強いな。本職の作家に助けてもらえるなら、これほどありがたいことはない・・・」
「いえいえ、とんでもない!」
そんな感じで、ベルモンド王とカールは盛り上がった。
二人の邪魔をしてはいけないと思い、部屋を去ろうとしたが、王に呼び止められた。
「君たちへの謝礼・・・と言ってはなんだが、とある魔法の使用許可を魔法研究員のリーダーに出しておいた。彼女を尋ねてみるといい。・・・達者でな」
王は、何やら寂しげな表情を最後に見せた。
研究区へ向かい、リーダーの女を尋ねた。
彼女はまず王が無事であったこと、俺たちが王を救ったことに、心から感謝すると言ってきた。
「例の魔法ね。確かに、使用許可は頂いているわ。・・・それじゃ、さっそく」
「ちょ、ちょっと待て。結局・・・例の魔法って、何なんだ?」
「あれ、ベルモンド様から聞いてなかった?時空を超える大魔法、『ダイムルキル』よ」
その名前を聞いて、心底驚いた。
ダイムルキル。現代のラーディー王が開発していると言っていた魔法であり、俺たちがこの時代に飛ばされた原因の魔法である。
この時代に、既に存在していたのか。
というか、つまり現代のラーディー王はこの魔法を「新たに開発していた」のではなく、今回のベルモンド王のように「復活させようとしていた」のか。
「調べてみたんだけどね、この魔法なら、あなた達の来た時代・・・500年後の未来に、あなた達を送れそうなの。つまりベルモンド様は、あなた達を元の時代に返すおつもりなのよ」
それはありがたい話だ。だが、上手くいくのだろうか。
「いや、それは嬉しいけど・・・大丈夫、なんだよな?」
「ええ、もちろん。テストも済ませてあるしね。それじゃ・・・そこに立って。行くわよ!」
地面に魔法陣が光り、あたりが光に覆われていく。
そして・・・
「・・・ここは」
そこは、やはりというかラーディーの城内だった。
ただし、さっきまでとは雰囲気も、道行く人の顔も違っている。
・・・現代に、帰ってきた。
その事実を、俺は受け止めた。




