第451話 過去のラーディー王城
翌朝、灰色の空に薄明かりが差し込む頃、俺たちは再び歩き出した。
夜の間にアンデッドに襲撃されることはなかったが、常に誰かが見張りをしていた。交代で眠り、多少体力を回復させてはいたが──疲労が完全に抜けることはない。
「ふあぁ、眠い・・・」
セルクが欠伸を噛み殺しつつ、地図を広げる。
今は山の中だ。現代と地形が変わっていなければ、ここから王城までは半日もかからない距離まで来ているだろう。
だが、そこに至るまでの道には、アンデッドがうろついている可能性が高い。
「そろそろ山道を抜けるはずだ。王都の外壁が見えてくると思う」
「気を引き締めて行きましょう」
亜李華の言葉に、みんなが頷いた。
朝の空気は冷たく、霧が立ちこめている。 視界が悪くなる中、目がよく利くキッドが先行して斥候を務める。その背を追うように、俺たちは慎重に歩を進めた。
そして──
「・・・止まってくださち。魔力の流れが乱れてます」
キョウラが小声で制止する。
その直後、霧の向こうから「シャァァ・・・」という不快な音が響いた。
まるで、肉の擦れるような、蠢く何かの音。
そして霧が晴れ、姿を現したのは・・・体がむくんでいる、というのか?異様に膨れたゾンビ。
皮膚が爛れ、あちこちから毒々しい緑色の液体を滴らせている。
「・・・『弱体』の毒ゾンビか。ちょっと面倒な相手だな」
ラウダスが低く言った。
「あの液体は弱体毒だから、食らうと魔力を下げられてしまう。遠距離から一気に倒してしまおう」
「オーケーだ!」
俺は手を伸ばし、術を唱えた。
「炎法 [フェルバイアード]!」
大きめの火球を飛ばし、ゾンビを焼き払う。
同時に亜李華が氷を地面から突き出し、さらにキョウラが[ホーリー]を唱え、追撃を仕掛ける。
ゾンビの体が爆ぜる寸前、セルクと樹が風と水で飛散する毒液を吹き飛ばし、被害を防いだ。
「・・・処理完了、だな」
「まともにやり合うとけっこう手強いよな、アンデッドって」
「仕留められる攻撃が限られていますし、普通に戦うとタフですからね。何にしても、みんな無事でよかったです」
少しずつ霧が晴れていき、その向こうの遠くに城壁が見えた。
「・・・あれだな、王城は」
黒ずんだ石造りの城壁は、かすかに崩れている部分もあった。 しかし、その中から確かに人の営みと、守ろうとする意志を感じた。
「ようやく着いたな・・・」
誰からともなく、ほっとした吐息が漏れた。
「ここからが、本番かもしれないけどね」
キッドが静かに呟いた。
「・・・でも、行くしかないよな」
俺たちは、城門を目指して歩き出した。
城門をくぐると、すぐに衛兵に囲まれた。その目は鋭く、警戒心に満ちている。
まあ状況が状況だし、仕方ないと言えば仕方ないが。
何者だ!と聞かれたが、正直返答に困った。未来から来た旅人だ、なんて言っても信じてもらえないだろうが、他に何と言えばいいのか思いつかない。
すると、なんとキッドがバカ正直に言った。
「ぼくらは、ある人物の魔法で500年後の未来からこの時代に飛ばされてきた旅人です。決して怪しい者ではありません!」
いや、信じられるわけないだろ・・・と思ったが、なんとこれがあっさりと信用された。
さすがは、魔法使いの国と言うべきか。
まあ、とにかくこれで城に入ることが許され、そのまま王に謁見できることになった。
そして玉座の間でその姿を見て、驚いた。
いかにもなおっさんであった現代の王とは違い、たぶん俺と同年代であろう、若々しい国王であった。
名前はベルモンドといい、種族は「魔王」だという。
魔法種族の一種に、「魔導士」という種族がある。
光を扱う修道士や闇を扱う祈祷師のような専攻の属性がない代わり、すべての属性の魔法に精通できる可能性がある種族だ。
そして、その魔導士の最終昇格先が魔王。
「魔王は、全ての属性の魔法を扱える最高位の魔導士だ。魔法の純粋な威力では他の上位種族に劣るけど、なんでもできる万能さは他に代えがたい」
樹はそのように言っていた。
ちなみに、魔女というのは女の魔王を指す名称。つまり、魔女と魔王は同じ種族である・・・らしい。
現代に置いてきたメンバーの1人であるセキアは、生まれながらの闇の魔女。以前ロロッカの砂漠のピラミッドで出会った女も、水の魔女だった。
彼女らも、正確に言えば「魔王」だったのか。
「さて・・・君たちは未来から来た、と衛兵たちに言っていたそうだが、それはまことか?」
「ああ。俺たちは、500年後の未来のラーディーからこの時代に飛ばされてきたんだ」
すると、王の顔が明るくなった。
「ならば、少なくとも500年後までは我が国は存在しているのだな!この戦いは、やはり我々が勝つのだな・・・!」
それについてなんですが、とキョウラが切り出すと、王は彼女を見つめた。
「あなたは・・・ふむ、僧侶か。光専攻の種族ならば、ありがたい」
そして、王は本題に入った。
というか、いきなり頭を下げてきた。
「我々に、力を貸してくれないか!このままでは、我が国は・・・頼む!」




