第445話 年老いた作家
やがて扉が開き、住人が出てきた。
白髪頭に杖をついた、いかにもな老人である。
「お前さんがたは・・・そうか。旅人さんか」
対面した瞬間、微かに闇の力を感じた。
だが魔力は弱いし、見た目も完璧にじいさんだし、戦うことなどとてもできそうにない。
「ちょっと話を聞きたいんだが、いいかな?」
「ああ、もちろんじゃ。・・・上がっとくれ。久しぶりのお客様じゃて」
ひとまず、上がらせてもらった。
ちなみに、来訪したメンバーは俺の他に樹、メニィ、セルクだ。
セルクはメニィと同じくサンライトで加入したメンバーであり、水と雷の魔法を扱う「完全術師」の魔法使いである。
「ずいぶんと質素な生活をされているんですね」
やたら片付いた家の中を見回しながら、セルクが言った。
「うむ・・・わしはあまり派手なものは望みませんのでな」
じいさんは、何やらこちらをじっと見てきた。
「はて・・・? 失礼じゃが、お前さんがた・・どこかで会ったことがありますかな?」
「? さあ、何のことだか」
「ふむ、そうか・・・どうも、お前さんがたの顔に見覚えがあるような気がしましてな」
じいさんは目を細め、何かを思い出そうとするかのように俺たちをじっと見つめた。
しかし、結局何も言わず、すぐに座り直した。
「わしは、カールという者でしてな。生来の呪術師じゃが、若い頃より文学が好きであった」
呪術師ということは、祈祷師の上の種族か。
それなのに、闇魔法より文学が好きだったというのか。
「わしは18の時に、このラーディーへ来た。魔法の勉強をしながら、作家になろうと思うてな。
始めはどうにも上手く行かなかったが、やがて大きく当たった作品がありましてな。そのおかげで夢が叶ったのです」
「どんなのを書いたんだ?」
「それはのう・・・」
じいさん、もとい老いた作家カールは、横のテーブルに置いてあった本を取り、「これじゃ」と言って差し出してきた。
それは、なんとさっき本屋で見たあの本。
『セキメイ戦記』 であった。
「「えぇーっ!?」」
セルクとメニィが、共に叫んだ。
「そ、それじゃ・・・あなたが、セキメイ戦記の作者さんだったんですか!?」
その声と喜びっぷりに、じいさんは驚いていた。
「い、いかにも・・・もしかして、知っておるのか?」
「もちろんです! セキメイ戦記は、僕が物語にはまったきっかけ・・・!
あれにハマらない者に、魔法種族を名乗る資格はないでしょう!」
「私だって、あの本は大好きです! あれを読んだからこそ、私は魔法使いを目指そうと思えたんですから・・・!」
二人の熱い言葉に、カールは驚きつつも嬉しそうだった。
「そ、それは嬉しいのう。今どきの若い子にも、これを読んでもらえているとは・・・。
あいにく、今はもう物書きをする気力はないんじゃが、それでも金はあるでな。こうして質素な生活をしていれば、死ぬまでのんびり生きることはできるじゃろうて」
どうやら、もう作品を作る気はないようだ。
まあ、それだけ当たった作家で、しかもこんな質素な生活で満足できるなら、今後何もしなくても食っていけるだろう。
ここで、俺は1つデリカシーのない質問をしたくなった。
「作家って、経験したことしか書けない・・・って聞くけど、実際どうなんだ?」
当然のごとくメニィとセルクからバッシングを受けたが、カールは意外な答えを返してきた。
「ふむ・・・それは正解であって、正解ではない。少なくとも、100パーセントは否定も肯定もできぬ話じゃな」
「えっ・・・ってことは、あの話には元ネタがあるのか?」
「そのままではないがの。かつて、わしが実際に見たことが元になっておる。
・・・年寄りの世迷い言になってしまうが、聞いてくれるか?」
そういう話こそ、結構重要であったりするもの。
聞かないわけには、いかなかった。
「数百年前、まだわしが著名な作家になる前のことじゃ。このラーディーの町に、ある勇敢な旅人の一行が現れてな。
当時作家としてはどうにも売れず、新作のネタにも困っておったわしは、彼らにしばし同行して闇使いとして活躍した。旅人なら、ネタになる経験をさせてくれるのではないかと思うてな」
そして、実際なかなかいい経験ができた、とカールは言った。
「最後に、わしらはとある魔王と戦った。力に溺れて我を失い、この国を滅ぼそうとした魔王・・・。そやつを倒し、正気に戻したのが、わしとその旅人たちであった」
その話を聞きながら、俺はふとカールがさっき言った言葉を思い出した。
「・・・はて、お前さんがた・・・どこかで会ったことがありますかな?」
なんか、この言葉が引っかかるような気がした──。
ここを出て、舗装された大きな道をまっすぐ進めば、ラーディーの王城に行けるらしい。
そうと聞けば、すぐに行動だ。
「オーケー! それなら、すぐにでも王様に会いに行こう!」
「だな。じいさん、ありがとな!」
「気にするでない・・・」
カールはどこか懐かしげに、俺たちの顔を見つめていた――。




