第432.5話 静かな夜の焚き火
略奪者。それは狩人の亜種でありながら、他者からの略奪を好んで行う種族。
狩猟を生業とする種族の端くれでありながら、狩猟より強奪を生業とする種族。
彼らの間で伝統的に使われている「クロスボウ」、または「ボウガン」と呼ばれる弓は、彼らの象徴的な武器として知られている。
人を傷つけ、強奪を平気で行えるという点は、殺人者に近いものがある。
だが、殺人者とは明確に異なる存在だ。
しかし、似たもの同士ではあるだろう。
夜の静寂の中、焚き火がはぜる音だけが響く。炎が揺らめき、影が歪んで伸びる。
略奪者リアンナは、鉄鍋の中で煮込んでいる肉をかき混ぜながら、目の前に座る男・・・殺人鬼の龍神をちらりと見た。
「あんた、ちょっとは手伝いなさいよね。木を拾うくらいできるでしょ」
龍神は焚き火を見つめたまま、眉ひとつ動かさない。
「焚き火って、いいよな。俺は好きだ。けど、ちょっと嫌でもあるな」
「は? 何言ってんの」
「炎は暖かい。寒くて寂しい時でも、暖めてくれる。
でも、動きはちょいと嫌いだ。どこで止まるかわからないし、形も決まらない。そういうのは、俺は苦手なんだ」
リアンナは呆れたようにため息をついた。
「だったら鍋くらい見張ってな、焦がすなよ」
「それも無理だ」
「はあ?」
「鍋の中の泡も、不規則だから」
リアンナは思わず笑った。
「あんた、ほんっと変わってるよね」
龍神は静かに首を振る。
「俺が変なんじゃない、お前らが変なんだ」
「はいはい」
リアンナは鍋をかき混ぜながら、ふと龍神の横顔を盗み見た。
正直、普段は何を考えているのかよくわからない男だが、ときどき見せる言葉の端々に妙な納得感がある。
「てかあんたさ、なんで私と一緒にいるの?」
「・・・お前は、俺と似てるからだ」
「は?」
「俺は人と関わるのが嫌いだ。お前だってそうだろう?」
リアンナは一瞬返す言葉を失ったが、すぐにニヤリと笑った。
「それ、褒めてんの?」
「さあてな」
焚き火の火の粉が宙に舞う。二人の影が揺れながら、夜の闇に溶けていく。
リアンナは、靴の紐を結び直していた。
背中に背負ったナイフの柄が微かに揺れる。
隣では、龍神が愛用の弓の手入れをしている。
「・・・ねえ、龍神。あんたってさ、元々人間だったんでしょ?」
「ああ。もうずっと前の話だけどな」
「ならさ、人を殺してものを奪う時、なんか感じたりする?」
リアンナは靴紐を強く締めながら、何気なく聞いた。
生まれつき「略奪者」である彼女にとって、殺しと略奪は生きるための手段に過ぎない。
だが、他の種族はそうではないらしい。
その最たる例である「人間」、かつてそれであった龍神なら、それを語ってくれるかもしれない。
龍神は弓の弦を弾く手を止め、ゆっくりと彼女を見た。
「・・・何も、感じないな」
「痛みとかも?」
「ない。・・・正確には、あるのかもしれないが、俺には分からない」
龍神は無表情のまま、弓をいろいろな角度から眺めた。
リアンナはその仕草を見て、「ふうん」と鼻を鳴らす。
「それ、便利そうだね」
「お前は?」
「まあ、ちょっとは感じるよ。ウザい奴をぶっ殺したときはスカッとするし、しぶといやつを殺るときは面倒だなって思う。あと、いいものを持ってるやつ殺るときは嬉しいかも」
リアンナは笑った。乾いた笑いだったが、龍神はその感情を分析することはできなかった。
彼女がそう言うのなら、彼女にとってはそうなのだろう。
そう思っただけであった。
「・・・お前は俺より、よっぽど普通の人間に近いのかもしれないな」
「は?私が?冗談きついね」
リアンナは肩をすくめたが、龍神はただ空を見上げた。曇った空の色を眺めながら、彼はぼそりとつぶやく。
「・・・普通って、なんなんだろうな?」
リアンナはその言葉に、少しだけ考えてから、雑に答えた。
「さあね。でも、あんたが“普通じゃない”のは何となくわかるよ。だから、殺人者なんかやってるんだろうし」
「そうか」
龍神は特に気にした様子もない。
リアンナはそんな彼を眺めながら、退屈そうにナイフを弄ぶ。
焚き火のそばに腰を下ろし、今しがた現れた獣系の異形から剥ぎ取った革を手際よく縫い合わせる。
龍神はその隣に座り、じっと炎を見つめている。
「・・・退屈?」
リアンナが不意に問いかける。
「いや」
彼は短く答えた。
「ふーん。じゃあ、何考えてるの?」
龍神はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。
「火は、燃える。消えない限り、燃え続ける」
「そりゃそうでしょ」リアンナは鼻で笑う。
「当たり前じゃん」
龍神はまばたきもせず、焚き火をじっと見つめ続ける。
「でも、どうして燃えるのかは、知らない」
リアンナは手を止めた。
「そんなの、木が燃えるからでしょ?」
「木が燃えるのは、火があるからだ」
「・・・何それ、哲学?」
龍神は首をかしげる。
「哲学じゃない。ただの事実だ」
リアンナはため息をついた。
「あんたの言うことって、時々難しいんだよね」
「難しくない」
龍神はすぐに否定した。
「お前が考えないだけだ」
「・・・馬鹿にしてんの?」
彼は何も答えない。
ただ、焚き火を見ている。
リアンナはしばらく黙っていたが、やがて笑った。
「まあ、いいや。あんたと話してると、なんか退屈しないし」
龍神はちらりと彼女を見た。
「お前は・・・」
「ん?なに?」
「お前は俺と似てる。どこか・・・なんとなく、な」
「そう?」
リアンナはそんな気はしなかった。
自分と彼は違うと思っていたからだ。
「どこが似てる、とはわからん。だが、なんとなく似てる感じがするんだ。その強さとかな」
「私、あんたに力を見せたことあるっけ。ついこの前来たばかりなのに」
「略奪者で弱い奴なんてそうそういない。それに・・・」
龍神は、鋭い目でリアンナを見た。
「お前、元サードル旅団だろ?」
「・・・だからって、強いとは限らないじゃない?」
「略奪者上がりで、しかもそんな体をしておいて、弱いとは思えん。少なくとも、その辺の傭兵よりは強いだろう」
彼は、美貌を残しつつも丹念に鍛えられたリアンナの体を眺めながら言った。
「なんだ、あんたも私の体に惹かれるの?」
「そうじゃない。女の体に興味はない」
龍神はきっぱり言い切った。
「そうなの。ま、いいんだけど。私だって、男と仲良しこよしするつもりはないし」
「・・・やっぱり、俺と似てるな。
異性に興味がないところとか」
「いや、興味がないんじゃないよ。弱い男とくっつきたくないってだけ」
「そういうことか。ってことは、逆に言えば強ければいいってことか?」
「そうね。くっつくんなら、強くていい男がいい」
「まあ、そういうやつはよくいるってのは知ってるが・・・それって、良いことなのか?」
リアンナは肩をすくめ、「さあね」とだけ答えた。




