第38話 遺跡探索
奥へ進むと、長い直線の通路が現れた。
駆け抜けたくなったが、樹にストップをかけられた。
「待て。まずあたりをよく見てみろ」
言われた通り周りを見渡してみると、天井や壁に小さな穴がたくさん空いていた。
「何か、穴がいっぱいあるな。…ひょっとして、何かの罠か?」
「ああ、あの大きさだと、恐らく矢が飛んでくる。毒が塗られてる可能性もあるから、危ないな」
「となると、ここは通れないのか?」
「いや、そうでもない。このタイプのギミックは『矢走り』っていうんだけど、これには矢を飛ばす仕掛けの動力源がどこかにある。それを壊せば、仕掛けの作動を止められるはずだ」
「なるほど…じゃ、その動力源を探せばいいんだな」
「そうだな。…」
樹は苺の方を見た。
「苺さん、探知魔法って使えるか?」
「ええ。この仕掛けの動力源を探知すればいいのですよね?」
「ああ…できるか?」
「可能です」
苺はそう言うと、杖を取り出して地面についた。
「[アウセルフィア]」
俺には何か起こったとは感じとれなかったが、苺は違ったらしい。
彼女は杖で右側の壁を指して言った。
「そこの壁の裏側に、ここのギミックの動力源があります」
「なら、壁をぶち破れば行けるか?」
「いえ…この壁は、破壊は難しそうです」
次に苺は、今出てきた部屋の奥の壁を指した。
「あちらの壁に隠し通路があります。そこから行けるようです。しかし、たどり着くのには少しばかり苦労しそうです」
「苦労する…って言うと、また異形が出てくるとかか?」
「そこまではわかりません。ただ、ここから向こうに行くまでに何かしらの障害がある事は確かです」
俺が苺と話している間、樹は顎に手を当てて黙っていた。
そして、話が終わるとすぐ、苺に言った。
「苺さん、汎用魔法を中級まで使える…ってのは本当みたいだな」
「…何故です?」
「目標の場所と到達経路だけじゃなく、道中にある障害の存在を探知できるのは、中級の探知魔法の特徴なんだ」
「なるほど…」
魔法種族でもないのに、よく知っている。
千年以上生きているだけのことはある。
「ま、まずはその隠し通路に向かおうぜ」
直前の部屋に戻り、壁際に近づいてゆっくり進んでいく。
そして、ある壁の前で苺は「ここです」と言った。
その壁は一見普通の壁…なのだが、よく見ると中央に黒いひし形が描かれていた。
これが『崩れる壁』か。
「私がやりますね。[クレイト]」
メニィが魔法を唱えると、壁は音を立てて崩れ去った。
そして、その奥には通路が見えた。
「本当に通路だ…ありがとな、苺さん」
「いえいえ。それより、この先何があるかわかりません、気を付けて進みましょう」
通路は直線だったが、しばらくは何もなかった。
途中で深い谷間やでかい段差があったりもしたが、それらもメニィと苺の魔法を使って飛び移ったり、普通に飛び降りたりして進み、足止めを食らうような地形や仕掛けは特になかった。
そして、とうとうかなり奥までやってきた。
「おい、まだなのか?」
「もう少しです」
「ならいいけど…しかし、ここまで何もなかったのが逆に怖いな」
苦労する、っていうから、道中に何か、それなりに厄介な仕掛けがあるもんだとばかり思い込んでいた。
しかし、ここまででそのようなものはまったくなかった。
となると、次の…ここを超えればゴールという所で、何か来るのだろうか。
そう思ってたら、来た。
メニィが前に出て進み、曲がり角を曲がろうとした瞬間、小さな悲鳴を上げたのだ。
「どうした!?」
「い…異形が…」
俺達も覗いてみると、そこにはおびただしい数の黒い蛇形の異形がひしめく部屋があった。
床はもちろん、壁にも蛇がいる。
そして、その全てが生きており、ウネウネと蠢いている。
「うわ…こりゃなかなかだな。でも大丈夫だ…姜芽!火でバーっと焼いてくれ!」
「おう!」
さっきと同じ術を放った。
…しかし、蛇達は微動だにしない。
「ありゃ…?どういうことだ?」
もしかしたら、とメニィが言い出した。
「耐性持ちの異形かもしれません…何らかの理由で、特定の属性や攻撃に耐性をつけた、厄介なタイプの異形です」
「た、耐性持ち…?」
すると、樹が頭を抱えた。
「マジか…となると、火は使えないな。一か八か、オレが行くか!」
「え?樹さん…何かできるんですか!?」
「ああ…ただ、もしかしたらこっちに押し寄せてくるかもしんないけどな!」
「えっ!?それってどういう…」
メニィは焦るが、樹は気にしていない。
「火が効かないなら、これが一番手っ取り早い!行くぜ…水法 [ブルースコール]!」
蛇達に、激しい雨が降り注いだ。
すると、蛇達はみな狂ったように暴れ出した。
そして…
見事、こっちに来た。
「…!!」
蛇達は黒い波のようになってこちらへ押し寄せてくる。
「きゃっ…!」
メニィが悲鳴を上げる。
彼女は、蛇が苦手なのか。
「ヤベっ…!姜芽、結界を頼む!」
「は…!?俺かよ!?」
と言っているうちに、蛇が俺の方にもきた。
噛まれる…と思ったその瞬間、異変が起きた。
突如半透明な凸レンズのようなものが現れ、こちらへ突っ込んでくる蛇達をブロックしたのだ。
「…?」
行き場を失った蛇達は雨に打たれてもがき、のたうち回った。
やがて奴らの体は溶け始め、しまいには黒い液体となった。
それは全ての個体で同じで、最終的には部屋の床は真っ黒い液体で染まった。
「何だ…どうなってんだ…?」
「火に強いかわりに、水に弱くなってたの。耐性が変わるタイプの異形は、そんなもんよ」
その声を聞いて、俺は思わず苺を見た。
なぜなら、その声は確実に苺のものだったからだ。
「苺…?」
そこにいたのは間違いなく苺であった。
しかし、どこか雰囲気が違う。
「…それにしても、ずいぶん無鉄砲な探求者ね。リスクを考えず、仲間が確実に結界を張れるかも確認せずに術を使うなんて」
「…!?」
樹は困惑を隠せずにいた。
「私が反射結界の魔法を覚えていたからよかったものの…もし忘れてたら、どうするつもりだったのよ?まあ、いいけどね」
「い、苺…さん…?」
苺の豹変ぶりに、メニィも驚いていた。
苺はそんな彼女を見て、
「なに?…あ、あなたはメニィ、って言ったっけ?魔法使いになりたいんでしょ?あなたのその実力なら、大丈夫だと思うわ。…頑張りなさいね」
と笑った。
「い、いえ…えーっと…」
困惑するメニィに、苺はきょとんとした。
「え?どうしたの?」
「な、なあ…」
俺は、声を絞り出すように言った。
「?なあに?」
「あんた、どうした…?いきなり口調変わったけど…?」
すると、苺は顎に手を当ててうなった。
「んー…あ、もしかして言ってなかった?」
「言ってなかった…って?」
「…っぽいわね。じゃ、覚えといて」
そして、苺は驚かざるを得ない発言をした。
「私…司祭苺はね、二重人格者なのよ」




