第36話 記憶を求めて
町の人達はみんな、メニィやキョウラと同じような服を着ていた。
聞いた所、この町には修道士、術士、魔法使いの3つの種族しかいないらしい。
種族によって着る服が違うというのは本当のようだ。
メニィが先頭を行き、こちらを振り向いて言った。
「では、さっそくですが私の知り合いの所に行きましょうか」
「だな」
この町に、過去を思い出させる魔法が得意なメニィの知り合いがいるらしい。
そいつが苺に記憶を取り戻させてくれればいいが。
町のはずれの方に立つ一軒家。
メニィはその前で止まり、ドアを叩いた。「誰だ?」
男の声だった。
「私です、メニィです」
「メニィ?…おお、久しぶりだな。ちょっと待ってろ、今行く」
そして、紫のローブ姿の男が出てきた。
「おはようございます、ゼイン」
「おはよう、メニィ。あれ、お客さんもいるのか。で、今日はどうしたんだ?」
「この方の記憶を思い出させてあげて欲しいんです」
メニィは苺を男に紹介し、苺は「どうも」と礼をした。
「うはぁ、大層な美人さんだな。しかも、結構高位の司祭様じゃないか?」
「ええ、恐らくは。この方はゼスルの町外れに倒れてたんです。記憶喪失になっているみたいで、名前と種族は辛うじて覚えてたんですが、魔法は大半を忘れてしまったようで…。それで、あなたにお願いしようと思ったわけです」
「なるほど、この人の記憶を復活させればいいんだな。…お安いご用だ」
男は胸の前で手を上向きに構え、紫の球体を作り出した。
「『失われし憶えよ、今一度蘇り給え』」
男が呪文らしき言葉を詠唱すると、苺の体のまわりに小さな紫色の球体がいくつも現れた。
そして、苺は目を閉じた。
やがて苺は目を開き、同時に男の手と苺の周辺から球体が消えた。
「…どうだ?」
「…」
苺は、しばし考え込んだ。
そして、口を開いた。
「…ごめんなさい、何も思い出せません…」
男はそれを聞いて、
「やっぱりそうか…」
と、顎に手を当てた。
「どういうことですか?」
メニィがやや焦ったように言った。
「この人は、ただ記憶を消されただけじゃない。同時に何か、強力な魔法をかけられたらしい」
「えっ…?」
「今魔法を使ってわかった。この人は、何らかの魔法で記憶を取り戻せないようにされてる。そいつを解かない限り、どうやっても記憶を取り戻すことはできないだろう」
「そんな…それでは、この方は…」
「残念だが、当分は記憶喪失のままだな。…あんた、魔法はどのくらいまで覚えてるんだ?」
「中級相当の汎用魔法は覚えています。それと、魔導書も各属性の中級あたりのものまでなら名前を覚えていますし、使用も可能です」
すると、男は目を丸くした。
「へえ…普通に俺達より優秀だな」
汎用魔法ってのが何なのか気になった。
「汎用魔法って何なんだ?」
「修繕、発火、物体操作…みたいに、主に日常生活で使う魔法だ。この人は中級の汎用魔法を使えるって言ってたが、それはつまり、魔法だけで道具を使って料理を作ったり、部屋をまるまる掃除したり出来る…って事だ」
うん、すごいな。
いかにも魔法使いって感じである。
「私達でも、中級まで汎用魔法を使える人はあまりいませんよ。しかもその上、全部の属性の魔導書を使えるなんて…」
「汎用魔法自体は、高位の魔法種族なら誰もが普通に使いこなすものです。しかし、全ての属性の魔導書を中級まで使える…というのは聞いた事がありません。…やはり、苺様は相当に位の高い司祭様だったのだと思います」
メニィとキョウラが口々に言う。
当の本人は困惑している様子だ。
まあ、そりゃそうか。
「とにかく、残念だが俺に出来るのはここまでだな」
「そうですか…でも仕方ないですね。ありがとうございました」
「いやいや。ところでメニィ、君は大神殿に修行に行ってたはずだろ?帰ってきたのか?」
「あ、それなんですが…実は…」
そうして、メニィは事の経緯を話した。
「ふーむ…」
メニィの話が終わると、男は腕を組んだ。
「なるほど、そういう事だったのか」
「何か知っているんですか?」
「いや、実はこの前、町に大神殿からの使いだっていう奴が来てな。国の方針で、2000マナ以上の魔力を持ってる者は兵士として徴兵することになったからってんで、何人か連れて行かれちまったんだ。いきなり徴兵なんておかしいなって思ったんだが…その事件と何か関係があったのかもしれないな」
またしても気になる単語が出てきたので、素早く聞く。
「マナってなんだ?」
「いや、逆にあんた知らないのか?」
「…悪かったな」
「あ、いや…そんな怒んないでくれ」
すると、キョウラがため息をついて言った。
「この方…姜芽様は、最近ノワールに転移してきた白い人です。知ってて当然、みたいな言い方は控えてください」
「え?…あ、そうなのか。そいつは済まなかった。
えーとな、マナってのは魔力の単位だ。それで、異人の魔力とか、魔導書とか魔法を扱うのに必要な魔力を表記する時に使うんだが…ま、要は、異人はマナの数字がでかいほど持ってる魔力が高くて、魔法は扱うのが難しいってわけだ。強い魔法とか高位の魔導書は、その分扱うのに必要な魔力も高いから、マナの数字も大きくなるんだぜ」
わかりやすい説明をどうも。
そういう風に説明してもらえると助かる。
「なるほどな。で、この町の人達の魔力は大体どれくらいなんだ?」
「今残ってる奴らは大体低くて500マナ、高くて1800マナくらいだな。俺達みたいな下級の魔法異人は、平均魔力が大体1000マナだって言われてるけど、それより高い奴がザラにいるぜ。この町にも2000を超える奴らがちらほらいたんだが、さっきも言った通りみんな連れていかれちまった」
まるで、戦闘力である。
なんとなくわかるが、上位の種族になると魔力も上がっていくのだろう。
高位の異人にもなると、某漫画の如く53万とかいく奴もいたりするのだろうか。
「俺は大体1500マナだから大丈夫だったけど、友達が連れて行かれちまった。徴兵ってことは、いずれ戦争を始める気なんだろ?最悪だぜ」
「え、戦争…!?」
思わず反応してしまった。
「ああ…まあ、正直いずれこうなるだろうなとは思ってけどな。本当は、八大国は互いに戦争をしないってことになってるんだが…最近はセドラルの王が仕事してないらしいからな…」
「…」
「ま、ここでぼやいてもしょうがないけどな。
じゃ、そういうことだ。ごめんな、力になってやれなくて」
「いえいえ…ありがとうございました」
俺も礼を言い、場を後にした。
道中で、キョウラがこんな事を言い出した。
「あの…一つ思ったのですが…」
「なんだ?」
「ナイア様の異能を使えば、苺様の記憶を取り戻すためのヒントが得られるのではないでしょうか…」
「…あっ」
確かにそうだ。
なんで今まで気づかなかったんだろうか。
そうと決まれば、急がねばなるまい。
すぐに、馬車へと戻った。




