第395話 行商人
かくして、鏡の件も落ち着いた。
あとは、次に行くべきところがわかれば。
そう思っていた矢先、イリーナから今日は珍しいお客さんが来るので、村の北口に顔を出してみてはと言われた。
なので、言われた通り村の北口に向かった・・・のだが、やたら人がいた。
何なら、村の人全員がここに集結しているのではないかと思うほどだ。
なんでこんなことになっているのか?一体、誰が来るのか?
そんな疑問は、時期に解消した。
「あっ、来た来た!」
誰かの声がしたかと思うと、村の外へ続く道から何かの一団が現れた。
それは複数頭の、なんだかよくわからない獣を連れた一団であった。
「ああ、なるほどな。ありゃ、行商人だ」
俺の横で見ていた樹が言った。
「行商人?」
「そうだ。砂漠じゃものを買うだけでも一苦労だからな。ああして、移動しながら色々物を売り歩く行商人もいるんだ」
どんなものを売っているのだろう。
シンプルに、それが気になった。
「行商人ってか、キャラバンとか商隊っても言うね。この砂漠では古くからいた人達だ。傭兵が異人の職業なら、行商人は人間の職業として、昔からあったんだぜ」
輝も、ついでとばかりに言ってきた。
「行商人かあ・・・わざわざこんなクソ暑い砂漠を歩いてくるなんて、ご苦労さんだね。しかも人間が」
ナイアが、ため息をついて言った。
「まあ、向こうも生活のためだからな。少なくとも、殺人者みたいなことをされるよりはよっぽとましだと思うぜ」
「それを言うなら、サードル旅団みたいな・・・でしょ」
いきなり、あおいが出てきた。
「うおっ!?びっくりしたあ・・・
あおい、来てたんなら来たって言えよ!」
「さっきからいたわ。・・・あんたたちね、あたしたちが何で殺人者であるのか、わかってないでしょ」
「そりゃわかるわけ・・・あっ!」
商隊が村の入り口を超えたことに気づき、輝が走り出した。
それで、樹たちも後を負う。
「あっ、ちょっと!待ちなさいよ!」
あおいが手を伸ばして叫んだが、それで止まる者はいなかった。
「はあ・・・」
みんなして勘違いしてる、あたしだって四六時中殺してるわけじゃないし、好きで殺してる奴なんかそうそういないのに・・・と、あおいはむくれていた。
しかし沙妃といいあおいといい、殺人者の女は怒ってる時が一番かわいい気がする。
もっとも、ガチギレでない時に限るが。
少しでも先に行った輝たちに近づこうとしたが、人がすごくてとても前に行けなかった。
やっと前に進めた・・・と思ったら、商隊の前についたころにはもう売り切れを意味するであろう看板が出始めていた。
「うーわ、売り切れかよ・・・」
ナイア共々、俺は肩を落とした。
砂漠のキャラバンが売っている品って、1回は見てみたかったのに。
「おや、お客様ですか?申し訳ございませんが、今回の品は先ほど全て売れてしまいました」
ご丁寧にも、金縁の眼鏡をかけた男が出てきてそう言ってくれた。
「みたいだな。はあ・・・」
まあ、それまでアホみたいに群がってた人がさーっと引いていった時点で、もうろくにものが残ってないってことだったんだろうが。
「樹たちは、何か買ったのかしら。何が売ってたのか、想像もできないわ」
「まあ、大方食べ物とか生活用品でしょうけど。1回くらいは、行商人から買い物してみたかったわねえ」
あおいの言い方からすると、彼女は行商人からものを買ったことがないのだろうか。
すると、行商人の男があおいの方を見た。
「・・・おや?よく見たら、見かけないお顔ですね。あなた方はもしや、他国からの旅人さんでしょうか?」
「ああ、そうよ。うちらはわけあって、大陸中の国をさすらってるの」
それを聞いて、男は手を叩いた。
「それはそれは何とも申し訳ないことを!わざわざ異国から旅してきてくださった方々だと言うのに、何もお売りするものがないだなんて・・・ああ、商人としてこんなに情けないことはない!」
男は頭を抱えて唸ったが、数秒後にはっとした。
「そうだ、守り手のバドン様はいらっしゃりませんか?あの方からご依頼されたものも、今回は持ってきたのですが」
「え、バドン?」
「ええ・・・イリーナ様と並ぶ、この村の守り手の方です。ご存じないですか?」
「いや、知ってるよ。知ってるが・・・」
「?何かなさいましたか?」
俺とナイアは、顔を見合わせた。
どうしよう、言っていいのか。
しかし、そこであおいがストレートに言ってくれた。
「バドンは死んだわよ。ちょうど、昨日にね。病死だった。当日中に、葬儀も済ませたわ」
「・・・!?」
驚いたのは俺たちだけでなく、行商の男もだった。
「なんと・・・いえ、確かに以前お会いした時も、何やら顔色が悪いなとは思っておりましたが・・・しかも昨日?ああ、あと1日早く来ていれば・・・!」
男は頭を抱え、嘆いた。
「仕方ない。気にすることないわ」
「いえ、これはあの方のご注文の情報!それを届けられず、代金を受け取ることもできず、お得意様のお顔を見ることもできず、終わってしまうなんて・・・とてつもない損ではありませんか!」
着払い式だったのか。
なんか、人間界の代引きみたいだ。
「ちょっと待って。情報、って言った?」
ナイアは、その単語に食いついた。
「はい・・・あの方にご注文いただいたのは、不審な異人に関する目撃証言等の情報でした。最近村に来た異邦人が、知りたがっているからと・・・」
そこで男は目を見開き、また手を叩いた。
「もしや、あなた方では!?」
「ああ、やっと気づいた。そうよ、バドンが言ってた異邦人ってのは、十中八九あたしたちのことよ」
「そうでしたか・・・であれば、この情報もあなた方にもらっていただかねばなりませんね」
「それは嬉しいな。けど、タダじゃないだろ?」
「そのつもりでした。しかし、バドン様が亡くなられたのなら別です。
お得意様の訃報があったばかりだというのに、それを無視して金稼ぎをするなんて、そのような罰当たりなこと、とてもできません!」
「え、じゃ、タダで情報くれんのか?」
「もちろんです。それに、元々バドン様があなた方に提供するつもりの情報であったのなら、どの道同じこと。
バドン様を追悼する意味でも、無料にしないわけにはいきません!」
というわけで、この行商人がバドンに集めてくるよう頼まれてたという「情報」をもらった。
正直どのくらい役に立つのかよくわからないが、タダでもらえるなら、なんでもいい。




