第394話 務めの終わり
その後、洗面所でしばらく待機していたのだが、鏡は出てこなかった。
「夜になったら出てくるかもしれない」とラウダスに言われたので、夜まで待つことにした。
曰く、あの鏡のような「付喪」と呼ばれる異形は闇の力が強くなる夜に力が強くなり、動きも活発になるのだという。
ちなみになぜそのようなことが彼にわかるのかというと、種族故の知恵だそうだ。
そもそも彼の種族である「祈祷師」は本来、異形や邪悪な存在と通じ、あるいは使役する種族である。
そのため、このようなことは知っていて当然らしい。
「もっとも、僕はまだ新人だし、異形を使役したこともないんだけどね」
ついこの前まで人間だったという彼は、照れくさそうに笑った。
その日の夜、昨日と同じメンバーで洗面所に集まった。
ただし、今回はイリーナとバドンもいる。
「また、出てくるかな?」
「条件は昨日と同じだし、きっとくるぜ」
鏡・・・ではなくスクリーンの前に立って、俺と輝はそんな会話をした。
果たして鏡が現れた。
昨日と同じく、スクリーンに向かって手を上げる。
すると、やはり鏡の中から風が吹いてくる。
そこで、部屋の外からキョウラとバドンが術を唱えた。
それらは鏡の後ろ側に命中、鏡を一撃で粉砕した。
「・・・やったのか?」
おい輝、余計なこと言うな。
そう思った刹那、異変が起きた。
バラバラになった鏡の中から、黒い霧のようなものがモワーっと出てきた。
それはそのまま消えず、何やら形を取り始めた。
「ごめん、余計なこと言ったみたい・・・!」
焦ったように謝る輝に、霧は襲いかかる。
それは、さながら巣をつついた者を襲う蜂の群れのようだった。
「[ライトニングファール]!」
イリーナの声と共に雷が弾け、霧をかき消した。
見ると、イリーナは扇を向けて唱えていた。
雷属性だというのは、本当だったようだ。
「これは・・・!」
何かに気づいたのか、キョウラは「ホワイトムーン」と唱え、霧の本体の一部を消し去った。
そして「ディヴァイン」を続けて唱え、残る黒い霧の塊の殆どをかき消した。
最後に残されたのは、消しゴムほどの大きさの黒い塊。
それは俺が見てもわかるくらい、強い闇の力を放っていた。
直後、バドンがそれを踏み潰した。
潰れた塊は、同じく真っ黒な霧を煙のように立ち上らせた後、消えた。
「これで、もう大丈夫です。あの鏡は、消えました」
キョウラがそう言った後、床に散乱していた砕けた鏡も、黒い霧のようなものを巻き上げながら消えた。
もう、大丈夫なようだ。
「良かった・・・のか?終わったんだよな?」
「ええ。ラウダスさん、もう闇の力は感じませんよね?」
「うん。さっきまでは強い闇の力を感じていたんだけど、今はもう感じない。闇、もとい鏡の力は、もう完全に消えた」
「そうか、なら良かった・・・」
最後に、バドンがこう言った。
「これで、終わったな。あとはもう・・・」
翌朝、イリーナたちと話し合い、あの鏡を供養することにした。鏡供養ってやつか。
この村の人たちに非はないが、あの鏡だけを責めるのも気が引けたからだ。
供養といっても、司祭である苺と吏廻琉に祈りを捧げてもらい、特殊な魔法を使ってもらっただけだが、やらないよりマシだろう。
村の人たちも、何か足りないとか何とか言ってくることはなかった。
「鏡は元より神聖なもの。理由はどうあれ、ぞんざいに扱えば、相応の報いを受けることになる・・・今回のようにね」
吏廻琉はそう言った。
「村の人たちは悪くないけどな・・・」
そう言う輝に、ラウダスが説いた。
「確かにそうだ。彼らに非はない。でも、それはあの鏡だって同じ。きっと、本当は他の鏡と同じように、静かに遺跡で眠らせてほしかったんじゃないかな」
「・・・」
供養の式が終わったあと、バドンとイリーナは吏廻琉たちに礼を言った。
バドンは、心做しかどこか悲しげな顔をしているような気がした。
翌朝、拠点にイリーナがやってきた。
そして、衝撃の事実を聞いた。
なんと、朝起きたらバドンが家の寝室で冷たくなっていたというのだ。
俺たちも家に向かった。
バドンは、ベッドの上で・・・
安らかな顔で、目を閉じていた。
「バドン・・・どうして・・・」
思わず呟くと、イリーナの声が聞こえてきた。
「実は、彼は病を患っていたんです。幼い時に一度治った病なのですが、数カ月前にぶり返したようで。
私にも黙っていましたが、おそらく自分の身も長くはないことはわかっていたのでしょう。最後に、この村の守り手として、今回の事件を・・・」
俺は振り向いた。
イリーナは、目をかすかに潤ませていた。
「仕方ありません。これまでの守り手にも、病に倒れる者はいました。
それにバドンさんは、最期まで私と一緒に頑張ってくれました。きっと、本望だったでしょう」
「イリーナ・・・」
彼女は目をこすり、いけませんね、私ったら。と言って作り笑いをした。
「彼を、弔ってあげましょう。姜芽さん、火葬のお手伝いをしていただけますか?」
「無論だ。世話になったからな、最期の仕事は是非やらせてほしい」
鏡を倒した時の意味深な台詞、そして昨日のあれは、自身の最期を理解してのものであったのか。
今となっては、その真相はわからないが、きっとそうだろう。
葬儀はその日の昼までに済ませた。
村の人たちも涙していたが、イリーナは最後まで涙を見せなかった。
それで思った・・・彼女は、強いと。
尚、埋葬の際は以前イリーナが詰問していた傭兵2人にも手伝わせた。
彼らはもはや余計なことは言わず、彼女に言われた通りにしていた。
気の毒だが、こちらとしては助かる。
埋葬が終わった後、キョウラが魔法をかけた。
「お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。どうか、安らかに」
その言葉を聞いて、ついにイリーナがまともに涙を見せていた。




