第385話 夢に見た鏡
目を覚ますと、いつも通りの自分の部屋の天井を見上げていた。
それで思い出したが、今の今まで見ていた夢の中でいたのはこの拠点であった。
夢・・・
あれ、どんなものだったか、はっきりと思い出せない。
何やら、奇妙な夢を見ていたはずだが。
まあいい。
夢は所詮夢であるし、面白いくらいすぐに忘れるものだ。
もっとも、《《誰か》》に見せられた夢であるとでも言うのなら別だろうが。
外に出ると、バドンがお待ちかねだった。
また、他に樹やキョウラもいた。
なんでも、夜明け前に村の入り口前でちょっとしたいざこざがあり、彼らがそれを静めたらしい。
しかし、バドンはこの村の守り手、つまり保安官のような存在である。
ただのいざこざなら、彼1人で十分なような気がするが。
と思ったら、ちょっと事情が違ったらしい。
騒いでいた奴らは闇術の他、奇妙な術を使ってきたのだという。
それは「負傷毒のようだが、こちらが傷付いた分だけ向こうが回復している」というものだったそうだ。
高位の闇術かと思ったバドンは、その時既に起き出していた樹に頼んで、キョウラを連れてきてもらったらしい。
聞いた限り、「血の契約」だな・・・と思ったら、やはりそうだった。
バドンは、血の契約というものを知らなかったらしい。
この砂漠では、そのようなものは聞いたことがないそうだ。
「だから、奴らは何かがおかしいと睨んだ。
今は、イリーナのところで尋問を受けさせている」
バドンがそう言った途端、樹たちは目に見えて口調がおかしくなった。
「そ、そうだった・・・まあ、確かに奴らのことは、彼女に任せていいと思うぜ?」
「あの方なら、彼らにどんな秘密があったとしても暴いてくれるかと・・・きっと。いえ、必ず!」
明らかな違和感を感じていると、ならば家の前に行ってみるがいいとバドンから言われた。
ちなみに、あの家はバドンとイリーナで使っている、いわばシェアハウスのようなものなのだそうだ。
というわけで、彼らの家の前に行くと・・・
いきなり、中からえらく物騒な音が聞こえてきた。
要は人を叩く音・・・だったのだが、おおよそ平手打ちしたとか、殴ったとかいうレベルではない。
少なくとも、素手でやった音じゃない。
さらにその後、2人の男の悲鳴に続いてイリーナの声が聞こえてきた。
「まだ、頑張れるのかしら?」
それは昨日聞いたのとは大きく違う、高圧的な声であった。
・・・これはまあ、なんだ。
樹たちがああいう感じになってたのも納得だ。
また、バドンによると「あれがイリーナのやり方だ」そうだ。
イリーナにはそういう趣味があったのか・・・
「とにかく、彼女に任せておけば問題ない。俺たちには、別途ですることがある」
それは樹とキョウラも認知していたことらしく、そもそもそのためにここにいたのだという。
「姜芽、だったな。昨日の夜、『鏡』が出てくる夢を見なかったか?」
「鏡、か。ああ、それなら・・・」
昨日の夜、見た夢を話した。
夢の内容なんてもう忘れたと思いきや、怖いくらいによく覚えていた。
「・・・なるほど。実は、この2人も鏡が出てくる夢を見たというんだ。俺もそうなんだがな」
「ありゃ、そうなのか?」
「夢というのは普通、起きて間もなくしてあらかた内容を忘れるものだ。
だが、未だに今日見た夢を覚えている・・・妙なことにな」
バドンの見た夢というのは、家の中での出来事だった。
食事をしていると、イリーナの声がした。
そちらを向くと、そこにはイリーナではなく大きな鏡があった。
不思議なことに、その鏡の中には本来映るはずのバドン自身の姿が映っていなかった。
鏡自体はごく普通の姿見だったが、何やら不気味な力を感じたという。
「見た目はともかく、あの異様な雰囲気は明らかに普通の鏡ではなかったな。具体的に何の力があるかはわからなかったが・・・
いずれにせよ、気になる夢だった」
続いて、樹が見た夢を話してくれた。
こちらは砂漠で、サードル旅団退治の真っ最中というシチュエーションであった。
ごろつき的に襲ってきた旅団を退治していると、不意に何かの力を感じた。
そちらを振り向くと、大きな姿見が宙に浮いていた。
不気味に光るそれは、だんだんと近づいてきた。
しかし、その中に映るのは砂漠の地面のみで、樹は元より辺りのサードル旅団も映り込まなかった。
本能的に危険を感じて逃げようとしたが、何故か体が動かなかった。
そして捕まる、となった瞬間、鏡に吸い込まれるような感じがして・・・
気づくと、辺りが真っ白な謎の場所にいた。
体は動くようになっていたが、いくら叫んでも走っても武器を振るっても出ることはできず、また誰もいなかった。
そして、そこで目が覚めた。
という内容だ。
キョウラのは、全体的に俺の夢に似ていた。
なぜかサンライトの神殿におり、自分の体を見おろしても真っ黒な影のようなものになっているだけだった。
ただ、こちらは普通の壁掛けの鏡を見ることができたらしい。
もっとも、覗いても何も映らなかったそうだが。
そしてやはり喋ることができず、辺りを歩き回っているうちに出会った人々の反応から、『自分』が何者と見られているかを探ることになったのだという。
道中で出会った人々は、まあ当然ではあるがみなサンライト神殿の者たちで、修道士や術士、一部人間の「術者」もいたという。
それらの者たちは、いずれも彼女に敬語を使ったり、「あなた様」と呼んだりしていたことから、今の自分は位の高いサンライト関係者なのではないかと感じたらしい。
そうして、しばらくしてやはり頭がくらくらしてきたという。
気を失う直前、最後に見えたのはやはり鏡だったらしい・・・
気づくと、真っ暗な場所だった。
目の前の不気味な光を放つ姿見に近づくと、何も映っていないそれに映し出されるべきである『自分』の姿がわかった。
彼女は、俺と同じく心の中で答えを言った。
「大司祭、苺様」。
すると、鏡にその姿が映し出された。
それは、やはり苺のものであった。
「・・・」
全員が自分の見た夢を話し終えると、バドンは腕を組んで唸った。
「全員の夢に、『不気味な光を放つ鏡』が出てきているな。そしてそれは、基本的に覗き込んでいるはずの者の姿を映し出さない。
何かの意味があるものであるのは間違いなさそうだが・・・これだけでは、よくわからんな」
「鏡に姿が映らないなんて、まるで吸血鬼だな。でも、本当に不思議な話だ・・・不思議というか、奇妙というか」
その時、俺ははっとした。
「悪い、ちょっと待っててくれ!」
ラスタの中に戻り、自室へと突っ走った。
奇妙というワードを聞いて、もしかしてと思った。
というか、なぜ朝起きた時に見なかったのか。
この所、テーブルの上に置いていた水晶玉。
「奇妙の水晶玉」と呼ばれる、不思議な力を持つこの玉は・・・
テーブルの上で、静かに光っていた。
恰も、自分の所業であると静かに主張するかのように。




