第377話 砂漠との境目
それから3日後。
俺達は、とある町に来ていた。
ロロッカの北、砂漠と密林の境界に位置する町だ。
密林地帯では、大部分が木で作られ、床を高く上げた家が多かった。
しかしここでは、木材の他にレンガや石材を使った、まあ他の国でも見かけるような普通の家々が立ち並んでいる。
まっすぐに伸びる大通りには多くの店が出ており、サードル旅団含む様々な人が買い物をしたり、会話をしたりしている。
まさしく、賑わっている町の大通りという感じだ。
ここは「デザートストリート」という町で、砂漠と密林を隔てるようにまっすぐに作られた植林地、「緑の壁」の前にある。
輝によると、砂漠と密林、それぞれの民の交流の地であると同時に、二つの土地を繋ぐ門のような場所でもあるそうだ。
まだ砂漠にはギリギリ入っていないのだが、乾燥した空気の熱気は伝わってきている。
また、砂漠の方から砂が飛んでくることもあるらしい。
「防砂林的な感じで木植えてんのに、砂飛んでくるのかよ!」
樹が呆れたように言った。
この町にはギルドの支部があった。
一応、カウンターの男と話しておいた・・・が、だからどういうこともない気がする。
大陸各地で活動する一般の異人や冒険家は、ここにそれなりにお世話になるそうだが。
俺達は各地を拠点ごと移動していて、どこかに長く留まるということがないし、どこかの施設で依頼を引き受けるということもあまりない。
まあギルドに用はなくとも、訪れた町の施設にはなるべく足を運んでおきたいとは思う。
新しいものが買えたり、情報が手に入ったりすることもある。
実際、苺と2人で立ち寄った道具屋でなかなか面白いものを見つけた。
「火起こしの種」というもので、見た目はコーヒー豆みたいな感じなのだが・・・
店主にこれは何かと聞いたら、試しに使ってみろと言われたので、ビンから取り出して撒いてみた。
すると、火がついた。
「うおっ!」
思わず声を上げてしまった。
そんな俺を見て、店主は笑った。
「こいつは『ニトロスペア』っていう、高熱を秘めたサボテンの実から作られた魔法道具でしてね。この通り、空気に触れさせると発火するんです。
この砂漠では、昔から着火剤として使われてきたんですよ」
「火の魔導書を使うという手は、なかったのですか?」
苺がそう聞いた。
彼女の故郷であるサンライトでは、火をつける時は術、あるいは火の魔導書を使うのが基本だったらしい。
かくいう俺達の拠点ことラスタでも、似たような感じで火を起こしていた。
だから、苺からすれば不思議だったのだろう。
「昔は魔導書どころか、本自体が貴重品だったんですよ・・・このロロッカの砂漠では、紙の原料になる木や植物がろくにないもので」
「ああ、そういうことですか・・・いえ、サンライトでは、古くから砂漠の各地にオアシスを作り、その周辺で植物を育てていたので、紙の原料に困ることはなかったのです」
「ありゃ、お客さんサンライトの人か。てか、よく見れば・・・あっ!」
主人は、苺の正体に気づいたらしい。
「こ、これはご無礼を!よもや、あなたがサンライトの司祭様だとは!」
「いえ、いいのです。今は訳あって、国を離れている身・・・私のことは、持ち上げていただかなくて結構です」
2人がそんな会話をしているうちに、俺はちょっと店内を見て回った。
他にはつるはしやシャベル、小ぶりなハンマーの他、壺や樽もあった。
いずれも、この国での生活に必要なものなのだろう。
本来武器屋にあるものであるハンマーが道具屋に置かれているのは、ちょっと新鮮だ。
そんな中、とある物が目についた。
「ん?何だこれは?」
それは、透明なシャボン玉のような球体だった。
「ああ、それはですね・・・」
すぐに、店主が食いついてきた。
「それは『透視の球』と言いましてね。
使用者を中心にして魔法の球体を生成して、半径3メートル以内の視界を明るくクリアにしつつ、球体の外の砂や煙をシャットアウトするってアイテムです。
砂嵐が来たときに使うものですが、夜とかにも使えますよ。
暗視を付与する効果もありますのでね」
「へえ、そりゃ便利だな」
「便利ですとも。というか、これから砂漠に行かれるのであれば、必須のアイテムです。
砂漠では時折砂嵐が起きますからな、その度に足止めを食らってちゃたまらないでしょう?」
確かにそうだ。
砂嵐の中を下手に進もうもんなら、目とか鼻に砂が入るわまともに動けないわで地獄を見るだろう。
ここと同じく砂漠の国のサンライト出身である苺も、これは買っておいて損はしないと言ってきた。
なので、さっきの火起こしの種共々買うことにした。
その後武器屋、防具屋にも寄ったが、特に気になるものはなかった。
ただそれは「俺としては」の話であり、苺は防具屋にあった、白地に黄色で何かの紋様の刺繍が入ったローブのような全身防具を買っていた。
なんでも、彼女が買ったのは「防砂のローブ」というもので、地属性と風属性のダメージを減らす効果があるのだそうだ。
魔法種族しか装備できないということで、着られるのは限られるが、それでも苺は数着買っていた。
軍のみんな分揃えるつもりだったのだろう。
店を出た後、苺はこう言ってきた。
「他に耐性のある防具は売ってなかったし、特に強力なものもなかった。武器屋といい、どうもこの町の品ぞろえはしょっぱいわね」
口調でもしかしてと思ったが、苺の目は紫になっていた。
つまり、あれだ。
本人格ではない方の、「司祭エリナ」の方が出てきているのだ。
苺は二重人格で、サディとエリナという2人の司祭が体に入っている。
普段の、目が青くて丁寧な喋り方をする方はサディ。
今出てきている、目が紫でちょっとくだけた喋り方をする方はエリナである。
元々は、彼女たちは双子の姉妹で生まれるはずだったそうだが・・・。
「まあ、道具屋ではいいものが買えたし、いいとしましょうか。
それじゃ、姜芽。帰りましょう」
俺を始めとした、他のメンバーを呼び捨てにしてくるのもエリナだ。
サディは、必ず「さん」をつけてくれる。
まあ、だからどうということはないが。




