第32話 聖地に立ち込める暗雲
セントル大陸の北方…
国土の大半が砂漠に覆われ、昼は猛暑、夜は極寒となる国。
かつて八勇者の一人、司祭カトリアによって作られた魔導国家。
大陸に生きる全ての魔法種族にとっての聖地であり、八大国の中では数少ない王の存在しない国。
それが、サンライト。
この地にいるのは、何も魔法種族の異人だけではない。
人間でも、魔法種族の異人になりたいと願う者の多くが、この地を踏む。
彼らは厳しい修行の末に魔法種族の原点である「術士」となり、そこからさらに光、闇、理のいずれかを自らの専門の属性とする。
光を選んだ者は修道士、闇を選んだ者は祈祷師、理を選んだ者は魔法使いとなり、さらなる修行に励む。
そしてその修行の果てに、彼らはそれぞれ独立した上位種族へと昇格する。
長い年月を経て、上位あるいは最上位種族に昇格を果たした者はサンライトの中核たる大神殿の聖職者となり、後継者となる異人の育成と、国家の政治に励む。
それが、司祭カトリアの時代から続く伝統なのだ。
サンライト…
由緒正しき八大国の一つにして、誇り高き魔法種族達の楽園である。
この国の統率者は、町の創始者である司祭カトリアの命に従い、王ではなく国内において最高位の階級の司祭が務めることになっている。
司祭は修道士系の最上位種族で、あらゆる属性の魔法と杖を知っている。
そして、私もその司祭の一人。
私は幼き日よりこの国で育ち、幾千もの年月の間、魔法を学んできた。
そして今から7000年ほど前、晴れて司祭となった。
今ではこうして、このサンライト国の安泰と、後継者となる者の育成のため、多忙な日々を送っている。
少し時間ができたので、今は座椅子に腰掛けてしばし休んでいる。
そんな私の元に、一人の術士が駆け込んできた。
「サディ様!」
彼は、何やらとても焦っていた。
そんな彼に、私はひとまず落ち着きなさい、何があったのですか、と言った。
私の名はサディ。
サンライトの統率者にして、この大神殿内で最高の権力を持つ大司祭だ。
「サディ様…大変です!レギエル姉妹が…戻ってきました!」
「…それは本当なのですか?」
レギエル姉妹とは、姉のポルクス・レギエルと、妹のカストル・レギエルの2人の司祭のこと。
どちらも、元々は異人ではなく人間だった。
かつて私の母のもとで修行を積み、素晴らしい才を発揮してあっという間に司祭に成り上がったという。
しかしある時、母の元からとある禁忌の魔導書を盗み出し、姉妹そろって破門となった。
その後は長らく行方不明となっていたのだが…。
まさか、本当に戻ってきたというのか。
「は、はい…。奴らは伝承通りの姿でした。禍々しい瞳をした、2人の女の司祭で…」
そこまで言った時、彼は黒い稲妻に打たれた。
「…!」
そして、私の前に2人が姿を現した。
紫のローブをまとった、邪悪な2人の司祭が。
「久しぶりの玉座の間ですね、お姉様」
「そうね。…でも昔を懐かしむ前に、今の大司祭様にご挨拶をしなくては」
邪悪な白目の司祭…ポルクスは、私を見て不敵に笑って礼をした。
「お初にお目にかかります、現大司祭様。私が司祭のポルクス。そして、こちらは私のかわいい妹、カストルでございます」
「どうも…私が司祭カストルです」
続けて、緑目の不気味な司祭…カストルもまた礼をした。
作法は弁えているようだが、その動きから邪悪かつ強大な魔力がひしひしと伝わってくる。
「あなた達…何のためにここへ!」
私は立ち上がって言った。
「別に、大したことではありません。ただ、たまたま近くを通りがかったものですから、せっかくなので現在の大司祭様にご挨拶をと思いまして」
私が無言で杖を構えると、カストルが口を開いた。
「おや?ねえお姉様、この方の目…どこかで見覚えがありませんか?」
「え?…そうね、言われてみれば。あなたは、もしかして…」
そして、ポルクスは再び不敵に笑った。
「なるほど、まさかあなたが、あの女のご令嬢だったとは。これは好都合です」
ポルクスが杖を出し、高く掲げたのを見て、私は思わず叫んだ。
「…何をするつもり!?」
「ご令嬢様。私達姉妹は、あなたのお母様には大変お世話になりました。ですので、今一度私達にできる限りの心からのお礼をさせて頂きます」
ポルクスの魔力が膨れ上がるのを感じ、私は速やかに魔法を放った。
「[ファズホーリー]…!」
しかし、カストルが唱えた闇の魔法で、私の魔法はかき消されてしまった。
(な…今のは…何…?)
あんな魔法、見たことがない。
あらゆる魔法を学んできた私でも、知らないなんて。
まさか、あれが…。
だが、ここで引くわけにはいかない。
「奥義 [永遠なる虹光の誉れ]!」
普段は決して使わない、私が扱う魔法の中でも最強格の魔法。
それを、ポルクス目掛けて放った。
「っ…」
驚いた事に、ポルクスはわずかに傷を負っただけだった。
「お姉様…!」
「大丈夫。…しかし驚きましたね。私に傷を負わせられる者が、まだこの世界にいたとは。やはり、大司祭様…いえ、あの方の娘様ということですね」
なにやら嬉しそうなポルクスに、カストルが言った。
「お姉様、この方はサディ様と言うそうです。お名前をお呼びしないと、無礼では?」
「確かにそうね。…サディ様。あなたのお名前と存在、決して忘れません。例え、あなたが私達を忘れたとしても…ね」
「な、何を言って…!」
次の瞬間、カストルはまばゆい光を放った。
見たことがある。
あれは、忘却の閃光
でも、そんなはずはない。
どうして、奴らが…。
かくして、司祭サディはほとんどの記憶と持ち物を失った。




