第358話 苛烈なる戦い
「弓技 [風切り羽根]!」
アーツの弓技が飛ぶ。
同時にほかのみんなも攻撃を繰り出し、俺は魔導書を開く。
「[プラズマ]」
中級の電魔法。
一応麻痺の追加効果もあるが、期待はそこまでできない。
かかったらラッキー、程度だ。
というか、そもそもこいつには麻痺は効かないような気もするが。
その直後、衝撃波でみんなは吹き飛ばされた。
攻撃力ダウンの効果が効いたのか、さっきほど痛くはない。
それでも盛大にふっ飛ばされる威力は健在だし、そのままどっかに叩きつけられたら痛いことには変わりはない。
また、奴自身の腕の振り回しや振り下ろしも食らった。
亜李華たちの頑張りのおかげで、大したダメージはない。
傷を負ったにしても、すぐに回復する。
再生効果のありがたみがよくわかる。
だが、それはあくまで「一撃」の話。
衝撃波とは異なり、腕を使った攻撃は高速かつ連続で繰り出してくるため、ボヤッとしていると普通に削られる。
現にあやうく嵌められそうになり、はなに助けてもらった。
図体も大きく攻撃速度も速いので、ちょっとでも気を抜くとすぐ追い込まれて一方的にボコられる。
理不尽さすら感じるが、こんなことができるのも亜李華たちのおかげだ。
もし彼女らのバフがなければ、そんな風になるまでもなく殺されていただろう。
吏廻琉とはな、亜李華は早々と奥義を出していた。
『然るべき報いを』という宣言の後、滝のように光が振るという演出はなかなかだ。
「明かり差す罪贖いの血の雨よ」という銘も、殺人者の技のようでグッドだ。
吏廻琉はさらっとエグい顔を見せることもあるし、なんか納得だが。
一方のはな、亜李華の奥義もなかなか見応えがある。
はなのは「裁縫剣・岩砕き」、亜李華のは「永久の氷の嵐」という名前だ。
それぞれ小さな岩を剣に纏わせて斬る、冷気の霧を渦巻かせた後に嵐のように激しく吹き付ける、と言った演出だ。
言わずもがな属性は地と氷。
組み合わせれば、より強力な合技に出来るかもしれない…と思ってしまうが、それはあいにく不可能だろう。
合技を放つには、互いに心を通わせ合い、信じ合うことが必須だ。
しかし、はなは恨み人。殺人者の亜種だ。
そして殺人者には、「本当の意味で」他人と心を通わせることができない宿命がある。
一応、同じ種族か、前の種族の時からの絆がある者とならその限りではないが。
殺人者と繋がれるのは、同じ殺人者のみ。
それで、ふと思いついた。
俺か猶なら、はなと合技を撃てる。
どうせ、この異形…「ジエル」はそう簡単には倒れないし、パワーがエグい。
向こうの攻撃力を下げてあるし、こちらも防御力をマシマシにした上自動回復もつけているのだが、それでもちょっときついほどだ。
ついでに言えば、亜李華たちに続くようにアーツやイナも奥義を出したのだが、それによる音波や炎のダメージもさして効いていない。
なんかやんやでみんな頑張っているが、つまるところ、普通にやっていても勝てない可能性がある。
となれば、より強力な技で攻めるより他はない。
「ねえ…!」
イナが、輝に向かって言った。
「私と…アーツとあなたで、合技やってみない…!?」
「輝が…!?」
「ええ…うっ!」
喋っている間に、イナはジエルのアッパー風な攻撃を食らってかち上げられた。
幸い天井に叩きつけられはせず、落ちてきたところをアーツが受け止めたので、大したダメージはなさそうだった。
しかし、今度は奴ら2人の代わりにはなが危ない。
アーツがイナを助けようとしているのを見て、人形を召喚して音を出し、奴の注意を引いていたからだ。
はなは剣でジエルの攻撃をガードした。
おそらく、恨み人固有の「相手の攻撃を受けるほど自身の攻撃が強力になる」という特性を活かして戦おうとしてるんだろう。
確かに、あの性質は便利ではある。
だが、ダメージを減らせるわけではない。
ガードや受け流し系の技を使っていれば別だが、見た限りそのようなものは使っていない。
たまらず飛び出し、奴に電撃を浴びせてこちらに注意を引いた。
奴は痺れる様子もなく、こちらを向いた。
「そうだ…こっちに来い、化け物!」
奴は両手と前足を上げ、咆哮を上げる。
見事にこっちを狙ってきた。
あとは、なるべく引きつけてみんなの攻撃チャンスを増やす。
衝撃波はジャンプでかわす。
予備動作がないのでわかりづらいが、まあ仮に被弾しても一発なら問題ない。
それに奴は衝撃波を連発することはできず、一発撃ったら数秒間のクールタイムが入るようなので、尚の事耐えるのは難しくない。
「龍神…!」
猶が心配してくれてるが、大丈夫だ。
それより、奴には他のみんなと同様、攻撃をしてほしいものだ。
その時、イナの声が響いた。
「『探せ、炎の理!』奥義 [業火・マムゲイト]!」
さっきとは異なる奥義だ。
演出は、地面から縦に渦巻く大きな炎が現れ、相手を巻き込んで燃え盛る…というもの。
なんか、姜芽のそれを見ているようだ。
すでに亜李華やはななどが奥義を放っていたが、それらによって付着していた岩や氷を残らず溶かすほど、高温の炎であるようだ。
それを見て、アーツが輝の肩を持った。
そして、2人は剣と短剣を取り出す。
続いて、奥義を出したばかりのイナもまた鎌を抜く…
ジエルが怯む様子もなく、咆哮を上げて3人に突っ込もうとしていたので、亜李華たちと一緒に全力で阻止した。
電撃を飛ばし、斬撃と同時に岩の破片を飛び散らせ、竜巻を起こし、氷の嵐を吹き付け、光の壁を張り、奴の突進を防いだ。
そして、3人は渾身の技を繰り出す。
「「[トライアングルナブラ]!!」」
ジエルを中心とし、3人で武器を構えて切り込む。
その形は、まさしく三角形となった。
魔力は感じないが、相当な威力のある合技に違いない。
技を出した後、3人はさっと背後に飛び退いた。
直接攻撃と、3方向に分かれる衝撃波を避けるためだ。
奴は、まだ生きている。
さらに、なぜか3人ではなくこちらに衝撃波を飛ばしてきた。
吹っ飛びはしなかったが、若干体が浮き上がった。
それは高さにして30センチほどで、長さも同じくらい。
被弾した際のノックバックにしては高い。
そこまで大きく後退させられるわけではないが、それでも急に距離などの計算が合わなくなるため結構影響がある。
幸い、飛ばされてる間を狙い撃ちされることはなかった。
だが、危なかったのは間違いない。
実際、はなや猶も衝撃波を受けて多少なりともノックバックされていたし。
「えっ…まだ生きてんの!?」
イナが驚きの声を上げるのも無理はない。
ここまでかなりダメージを蓄積してきたはずだし、何よりさっきの合技は…
「って、わっ!」
声に反応したのか、奴はイナの方に突撃していく。
すかさずはながその前に飛び出し、奴の突進を代わりに受けた。
だから体一つでやるな…と思ったのだが、今度は違った。
当て身を食らった瞬間、はなは電光石火の速さで剣を振り上げ、高速かつ複数の斬撃を起こした。
「[切り返し]!」
カウンター技な上に、ここまでダメージを受けていた分強烈な反撃ができたはずだ。
しかし、それでも奴は倒れない。
それどころか、今しがたカウンターを決めてきたはなに両手でアッパーを決めて吹っ飛ばした。
ならば次はとばかりに、俺と猶は斬撃を飛ばした。
そして衝撃波に気をつけながら後退しつつ、遠距離攻撃を見舞う。
何気に奴は移動の速度も速い。
まともに追いかけっこしたら、おそらくすぐ捕まるだろう。
こうなると、もはや攻撃力を下げたのはお気持ち程度の効果だ。
こちらのバフもそうだが、永久的なものではないし。
いや、正確には攻撃力や耐久力が高くてもいい。
どうにかして動きを止められれば、蜂の巣にしてやれるのだが…。
しかし、こいつには麻痺は効かない。
さっき、アーツが一度「ヘッドステッチ」を出していたが効かなかったところを見ると、気絶も効かないだろう。
もしかして、状態異常一切無効のパターンか。
そうなると、眠らせたり即死させることもできない。
それでいて高耐久、高攻撃力、高速と3つ兼ね備えているのだから、まさしく化け物だ。
何か、何か打開策はないか…
文字通り、頭を捻るように考えた。




