第352話 探索はお静かに
「…」
あれから、しばらくの時が経った。
俺は両手両足をぴったりと床につけ、上を眺めている。
空には、星はおろか雲も太陽も月もない。ただ、暗い岩が広がるばかりだ。
そして、ただ一言だけ呟く。
…心の中で。
「どうして、こうなるんだろうなあ」
あたりには、俺と同じように床に伏したメンバーみんなの姿がある。
ただ、誰か…約一名が弄ばれている音が聞こえてくる。
さぞや、盛大に嬲られていることだろう。
迂闊だった。
えっと…ジエルだったか。こいつが、こんなに強い異形だとは思わなかった。
パワーだけじゃなく、耐久も化け物だったとは。
作戦は失敗した。
そもそも女4人が奥義をぶつけたところで、怯みもしてなかった事で気づくべきだった。
あそこで急いで撤退していれば、こんな事には…。
しばらくして、ジエルは満足したのか、はたまたもう獲物がいないと判断したのか、地面を砕くような音を響かせた。そしてその音が消えた後、奴の気配もまた消えた。
5秒後、俺はゆっくりと身を起こした。
そして、蚊の鳴くような声で呼びかけた。
「おーい、みんな、大丈夫かー?」
すると、すぐに返事が返ってきた。もっとも、これまた恐ろしく小さい声でだが。
幸い、ほぼ全員が生きているようだ。
立ち上がりたいところだが、足を動かすと激痛が走る。どうやら足を折ったようだ。
うめき声を出したいところを抑え、回復魔法…ではなく回復のポーションをかける。
それが地面にこぼれる音にすら、神経を張りつめてしまう。
どうにか回復を終えて立ち上がって見回すと、みんなも似たような状況だった。
猶やイナは腕や肩をやられたらしく、俺と同じようにポーションを直接かけている。アーツや吏廻琉は比較的軽傷で済んだのか、ポーションを飲むだけで済ませている。
一方のはなと亜李華は、声は出せているものの腕すらまともに上げられないほどの重傷のようだし、輝に至っては返事もしない。
…まさか、落ちたか。
「ひとまず、みんなを集めよう」
ゆっくりと数歩、猶に近づいて言った。
猶の起こす風の渦は展開時・移動時共に静かだから、奴を呼び起こすことなく皆を回収してこられる。
改めて確認すると、はなと亜李華は回復のポーションを持っていない…というか使い切ったらしく、俺たちが持っていたのをかけてやると無事に回復した。
輝は、残念ながら…と思いきや、微かに息があった。吏廻琉が「光の雫」という回復魔法を唱えると、一気に全快した。
「はあ、助かった…っ!」
輝がデカい声を出したので、一斉にその口を押さえた。
「あ、あぁ…ごめん。大声厳禁、だったな」
しかし…と輝はやりきれない顔をした。
「あいつ、何なんだよ。みんなで奥義ぶっ放しても、倒せないじゃんか…」
「全属性に耐性があるのか、単純に体力が異常なのか…どちらにしても、倒すには苦労しそうね」
「ああ。…割と真面目に、出てこさせないようにしてスルーしたほうがいいかもな」
みんなで奥義を出して、倒せただろ…と思ってたところに、反撃を食らったのだ。
あれだけやって倒せないということは、もう…
何というか、そもそも戦わないようにしたほうがいい。
まともにやり合っても、こっちが死ぬだけだ。
「でも、スルーするって言ってもなあ…」
アーツが頭を抱えるが、既に奴が反応するものはわかっている。
「大丈夫だ、あいつは音と振動に反応してくるが、目は見えないってこと、あと出てきてもしばらくするとまた潜ってく、ってことがわかってる。だから、極力音や振動を出さないようにして行こう」
「音…か。でもおれたち、小声とはいえ普通に喋ってるけど大丈夫かな…」
「アウトなら、とうに皆殺しにされてるはずよ」
はなが無表情で言う。
「それもそうか。…とにかく静かに、だな」
「ええ、そういうことよ」
そうして、俺たちは遺跡へと戻る。
忍者のごとく足音を立てぬようにして、呼吸の音すらも限界まで小さくして。
並んでは歩かず、適当にある程度バラけて進んでいく…。
遺跡まで後少しというところまで来た。
最初に訪ねた遺跡とは違い、天井がしっかりある。
それはいいのだが、問題は入り口に扉がついていたことだ。
これまた石材で作られた黒いドアで、触った感じ開きそうではあったが、こんなもの普通に開けたら間違いなく音が鳴る。
「…」
猶たちの方を振り向いたら、ジェスチャーで指示された。
正直意図がわからんが、とりあえず開けろということか。
扉をつかみ、恐る恐る…ゆっくりと開く。
幸いにも、扉を開き終わるまでに音は鳴らなかった。
そして中に足を踏み入れる際、前の方を一瞬見たせいでバランスを崩し、ドタっと片足を地面についてしまった。
「…!」
全員が凍りついたが、幸いにもジエルは現れなかった。
足をついたのは、毛皮のカーペットの上だった。もしかして、これが原因か?もちろん、早とちりはできないが。
建物の中には、真っ直ぐ進む通路と入ってすぐ左に進む通路がある事を確認した。
ひとまず左側の通路の横で立ち止まり、みんなが入ってくるのを待つ。
「なあ、もし…あいつが出てきたら、どうする?」
嫌なことを輝が言ったが、はながすぐに、
「大丈夫…さっきの支点の人形を残してあるから。危なくなったら、逃げられるわ…」
と言ってくれた。
ナイスだ。
全員が入ったことを確認し、扉を閉め…はしない。
「よし、それじゃ…この古代遺跡の探索を、始めるぞ!」
「どんなお宝…あるんだろうね?気になる…」
主にアーツとイナが、盛り上がっていた。
もちろん、あくまでも小さな声で。
奴は「地面の振動」を感知して出てくるが、「空気の振動」には反応しない。故に、例え腕を振ろうが、首を振ろうが大丈夫なのだ…足踏みとかをしない限りは。
あと、声や音にも反応してくる。
当然、無駄なお喋りや転倒は厳禁だ。
ここから先は、一歩歩くだけでも神経を張りつめ、常に命の危険がある状況での探索となる。
スリルはある…が、正直もうたくさんだ。
できることなら、早くここを見回って帰りたい…
俺は、久しぶりにそんなことを思った。




