第339話 学院長室
夜の6時までに、メンバーを決めた。
キョウラ、フォル、樹、リトの4人だ。
リトはイルと離れることに抵抗を感じるかと思いきや、割とそうでもなかった。
ただ、「行ってくるね」と兄に言うだけであった。
フォルは、「後輩と先生たちを攫ったやつが誰であれ、必ず懲らしめる!」と言っていたし、樹は「リアル学校であった怖い話だ。こんな機会、逃せるかよ!」と言っていた。
メンバーの編成が終わると、キョウラは「念の為、昨日より1時間遅らせて8時を過ぎたら行きましょう」と言った。
なお学院内への侵入は、姿を消した上で透過魔法を使って入り口の扉をすり抜けて行うという。
扉をすり抜ける魔法とは…空き巣や泥棒が喜んで使いそうだが、キョウラの種族にそんなやつはおるまい。
時計が8時を指すと同時に、俺たちは宿を出た。
念の為出る前に姿を消しておき、暗視魔法も使っておく。
そうして入り口にたどり着くと、キョウラは先頭に出てきて扉に触れ、魔法を唱えた。
「レムデムト」
すると、キョウラの手がすっと扉をすり抜けた。
「さあ、皆さん。続いてください」
恐る恐る触れると、見事に扉をすり抜けられた。
その際、扉に触れている感触はまるでない。物体として存在しているものをすり抜ける、という物理的におかしいことをしている自覚は湧かなかった。
全員が内部に潜入したのを確認すると、キョウラは「あそこですね。行きましょう」と真っ直ぐに学院長室へ足を進めた。
むろん、俺たちも後を追う。
学院長室の扉の前で、キョウラはまた透過の魔法を使った。
もし警報システム的なのがあれば気づかれてしまうだろうから、賢明な判断だ。
そして室内に入り、立ち止まった。
…改めて見ると、やはりというか確かにというか、失踪した生徒を追っていた時の最後に見えた部屋とこの部屋は瓜二つだ。
「ここのどこかに、秘密の通路があるんだな?」
「そのはずです。しかし、探すのでは時間がかかりますので、探知魔法を使います。[アウセルフィア]」
キョウラが魔法を唱えると、部屋の中心とも言えるデカいテーブルの下のあたりがキラリと光った。
「あそこですね」
「いや…でもあれ、テーブルの下だよな?テーブルを動かさなきゃないんじゃないか?」
「であれば、動かしましょう。でも先に、椅子を動かしてみましょう」
昼間、学院長が座っていた椅子。
それを、キョウラはためらいなく掴んで引いた。
「…ありました。テーブルではなく、椅子を動かすと出てくるようになっていたようです」
すぐに回り込んで覗いてみると、なるほど。さっきまで椅子があったところに、下へ続く階段が隠されていた。
「ここを降りていけばいいんだよな?」
「はい。…皆さん。この先には、どんな相手がいるかわかりません。心してください」
改めて念を押された。
「ああ、わかってる。覚悟の上だ」
「では、参りましょう」
階段を降りる途中の壁には、無数の火が灯っていた。
しかし、それらはすべてが不気味な紫色をしていた。
「なんか、気味悪いな…」
フォルは弓を構えて歩く。
あくまで敵が出てきた時のためなんだろうが、その持ち方はなんか、怖くて人形を抱いてる子供みたいだ。
「もうすぐ下に着きますね」
下に着くと、右側に通路が見えた。
そして、その向こうから何やら声が聞こえてくる。
この先だ。
俺とキョウラを先頭にして進んでいくと、すぐに部屋が見えてきた。
そこには、普通の教室と同じように生徒用の机と椅子が並んでおり、その大半に人が座っていた。
その姿勢はきれいだったが、顔はみな恐怖と疲弊を訴えており、またあちこちにあざや傷があった。おそらく彼らはこれまで行方不明になっていた人達で、ここで教育…と称した体罰か虐待を受けていたのだろう。
そして、肝心の教師はというと…
至って普通の、男の教師だった。
ただ、猛烈に見覚えのあるような眼鏡をかけている。
「…こら!何をそんなところで突っ立っているのだ!さっさと席につかんか!」
男はこちらを見、がなり立てた。
…ん?こっち?
俺たちは今、透明化しているはずなのだが。
「聞こえないか?それとも自覚がないか?…入り口にいる、お前たちのことだ!」
やはり、こちらの姿が見えているようだ。
この男、何者だ?
ひとまず姿を現す…が、当然席に着いたりなどしない。
俺たちはみな、男の方へ向かって歩く。
全員が黒板の前、男の横に立ち並ぶと、男はまたわめいた。
「なんだ…なぜここにくる!座れと言ったではないか!」
皆に、「何も言うなよ」と小声で伝える。
するとそれに気づいたのか、男は再び声を荒げる。
「…貴様ら、教師をなめておるのか!何の権限があって、そのような態度を取るのだ!貴様らのような生徒は、より厳しい指導をしてくれる!」
ここで、キョウラが口を開いた。
「逆にお伺いしましょうか。あなたは…何者です?」
男は舌打ちをし、黒い煙を全身から噴き出し…
その本性を現した。
それは、両方の肩から腕にかけてタコの吸盤のように並んだ目があり、額に2つ目の口があり、巨人のような体躯と、年老いた教授のような長い白髪を持った、眼鏡をかけた異形の姿だった。
全身が異様に肥大化しているにも関わらず、普通の教師と同じような制服を着ており、また脇には教科書のような本を挟んでいる。
「私はラムラス1世…このラディーネ学院の創立者であり、全ての教師の祖!」
教師の祖…か。そう言う割には、その姿は異形そのものなのだが。
ひょっとして、この学院の教師はすべて、元々異形だったのか?…なんて、そんなことがあるか。
なんだっけ…こういう異形は、「怪人系」に分類されるんだったか?
かつては異人、あるいは人間であったが、何かの理由で異形になった存在。
ラムラス1世…ということは、今の学院長の父親か。死んだと聞いていたが…まあ死後に異形として復活したってところだろう。
となると、今のこいつはもはや教師ではない…あえて言うなら、「異形教師ラムラス1世」とでも言うべきか。
「…異形でしたか。何があったのか存じ上げませんが、異形の教師などに従う者がどこにいましょうか!」
「黙れ!貴様らのような生徒…いや、屑にはもはや教育ではなく、罰を与えてやる!…覚悟するがいい!!」
そうして、異形の教師は襲いかかってきた。




