第337話 若気の至り
その夜7時頃、キョウラは俺の部屋にやってきた。
「遠視魔法であの学生さんを見てみましょう。そろそろ、寮の自室に戻ったころでしょうから」
そう言えば、ラディーネ学院は全寮制であるとさっきリビングでフォルから聞いていた。
「いや、でも、ちょっと待て。あの学生の部屋はわかるのか?」
「遠視魔法は、遠視したい人物さえ明確であればどこにいても見られますので大丈夫です」
キョウラはそう言って杖を掲げた。
「[アリティナ・メーティム]」
以前、カルージュ沼で苺が使った魔法と詠唱が似ている。あの時は確か、偵察の魔法を使っていた。
偵察にせよ遠視にせよ、「離れた視点からものを見る」という点では同じであるから、詠唱も似ている…とかそういうことなんだろうか。
そうして、目の前に浮かび上がった大きなシャボン玉のような球体に3人の学生の姿が映った。
「どれだ?」
「中央の方です。…この寮は、グループ個室のようですね」
「とすると、横の2人はルームメイトか。…しかし、男女分けられないんだな」
映像に映っているうち2人は男だが、1人は女だ。その鮮やかな金髪が目に留まる。
「私もそう思いました。以前私がいた修道院も男女別に分けられていたので」
「まあ、大したことじゃないけどな。男女分けりゃいいってもんじゃないし」
後半は俺の勝手な持論だが、キョウラは特に異を唱えたりはしてこなかった。
なんかちょっと意外だった。
「これ、声って聞こえるのか?」
「もちろんです。今は誰も喋っていないようですが、何か喋れば聞こえるはずです」
すると、さっそく言葉が聞こえてきた。
「なあ、本当にやる気か?」
「当然だろ。…なんだ、怖いのか?」
「いや、怖いわけじゃないけどさ…別に今日必要なくない?」
「何言ってんだ。そんなこと言ってたらいつまでもやれないじゃねーか」
「でもよ…さすがに罰当たりじゃないか?」
「別に良くない?ただの石像だよ?それに元学院長って言ったって、別に神様じゃないんだし」
「だとしてもさ…」
渋る彼に呆れたのか、もう1人の男は「いいぜ。勇気がないんならそれでもいい。おれたちは行くからな!」と女を連れて立った。
「あ、待てよ!」
そんな彼らの様子を見て、キョウラは「一体どうしたのでしょう?」と首をかしげた。
俺にも正直よくわからないが、さっきの言動からすると…
「たぶん、度胸試しみたいなもんだろ。男子なら誰もが1回はやりたくなるやつさ」
修学旅行の時に、恋バナをするようなものである…といっても、キョウラにはわかるまい。
「今の会話からすると、おそらく何かの石像にいたずらしようとしてるんだと思うが…」
「いたずら?…放っておけません!すぐに追いましょう!」
キョウラはすぐに視点を移動させ、2人の後を追う青年の後を追う。
そう言えば、キョウラは間違ったことが嫌いな性格なんだっけ。
まあ、ちょっとしたいたずらくらい…と思うのだが、彼女からすれば、ある程度の年にもなって何を考えているのか、というように思ったのかもしれない。
確かにその気持ちもわかるが…正直、まあ許してやれよと言いたくなる。
かつての自分を擁護するわけではないが。
さて、学生たちを追うと、彼らは学院の内部に侵入して階段を上がっていき、屋上にやってきたようだった。
そして、何かの前でぴたっと止まった。
視点が移動して映し出されたそれは、どこかで見たような眼鏡の男の石像だった。
「いつ見てもむかつく面してんなあ…」
そう言いながら、男はその顔に手を当てた。
それを見て、俺たちが追っている生徒は心配げな顔をした。
「お、おい!やっぱりやめたほうが…」
「ああ?なんだ、やっぱり怖いんだな?」
「いや…そうじゃない!なんか嫌な予感がするんだ。やめたほうがいいよ!大人しく寮に帰ろう!」
「ほう…そうか。なら、シーマ。どう思う?」
シーマと呼ばれた女生徒は、うーん…と意味ありげに唸ってから言った。
「やった方が、いいと思う!」
「そうか!そうだよな。それじゃ、検証開始だ。この像の頭を捻ると、秘密の場所に繋がる隠し通路が現れる…って話は、果たして本当なのか?…くぅ、ワクワクするぜ!」
ああ、なるほどな。
要するにこれは、校内に広がる都市伝説チックな噂が元だ。
こいつは、嘘か本当かわからない噂に流されているのだ。
どうも、学校ってのはそういう話が立ちやすい。そして、このようにそれに踊らされるやつも出てきやすい。
まあ、大抵は大して面白くもない、あるいはろくでもない結果に終わるのだが。
「よいせっ…と」
男は像の頭を掴み、些か乱暴に左に捻った。
「…どうだ?」
男は後ろで待機する2人の方を見、2人は辺りを見回したが、何も変わった様子はない。
「何も起きてない…っぽいね」
「…」
「なんだ、何もなしか。…ってことは、嘘だったのかよ!」
「まあ、噂なんてこんなもんだよ。真に受ける方がどうかしてるよ」
「なんだとお!?…まあいい。あとは、さっさとずらかろうぜ」
その時、辺りが急激に妙な霧のようなものに包まれた。
そして、得体の知れない声が聞こえてきた。
「神聖なる校舎に、夜に忍び込んでつまらぬ悪戯をするとは…なんたる愚か者だ…」
その声は場の全員に聞こえたようだ。
「…!?な、何だ!?」
「誰!?どこにいるの!?」
「誰だ…何者だ!顔を見せろ!」
喚く3人をよそに、声の主は続ける。
「貴様のような学院の面汚しには、今一度教育が必要だ。…特別教室へ案内しよう。私が直々に、貴様のその腐った根性をたたき直してくれる…」
そして辺りの霧は消え、声の主の気配もまた消えた。
「…?」
「き、消えた…?」
2人が声の主の消滅を気にしている中、像を動かした男に異変が起きた。
「…面汚し。ぼくは、学院の面汚し。先生に、謝らなくちゃ」
急に妙に丁寧な喋り方になったことで、2人は驚いていた。
「ど、どうしたんだよハール!急に…」
「なによ、ぼくって!どうしたの!?」
しかし、彼がそんな2人に答えることはない。
「…学院の面汚しには、再教育が必要。先生の、指導が必要…」
虚ろな目をし、1人でつぶやきながら、そいつは階段を降りていった。
2人は後を追ったが、すぐに見失ってしまった。
「あれ、どこに行ったんだ…?」
「ハール?ハールー?…どうしよう、消えちゃった!」
「…!だから言ったんだ!嫌な予感がしてたんだ!」
若気の至り、といったところか。
どうやら、これが失踪事件の真相のようだ。教師まで姿を消している理由はよくわからないが、たぶん生徒たちの間で流れてる噂が本当か、試したのが原因だろう…あくまで教師として、そんなことはないと確認し、証明するために。
あの声の主が事件の犯人だろう。
姿が見えなかったし、聞いたことない声だったのでその正体はわからない…が、まったく手がかりがないでもない。
というのも、あの生徒が消える直前、キョウラはもう一つ球体を展開し、彼を追っていたのだ。
残念ながら、謎の力に妨害されて途中で映像が途切れてしまったのだが、最後に微かに何かが映った。
それは、どこかで見たような立派な部屋…
そのどこかに、下へ通じる階段があるようだった。




